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じゃがビ~~

ぜーったい太ると思うけど、、


じゃがビーは美味しい、、、




煮詰まると食べたくなる、、、


煮詰まってばかりいると、、、



食べてばかりいる、、、



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ヘッドフォンの耳

ヘッドフォンの耳あて部分って取り替えられるって知ってた~?

長年ヘッドフォン使ってきたけど、私は数年前に初めて知ったんだー。。

こんなボロボロも、、、




外して取り替えれば





新品のようにピッカピカ~~






しかも純正だと結構高いんだけど、アマゾンで140円で見つけて、ちょっときつめとレビューにはあったけど、まぁやすいしいいか~と買って見たーーーー



いいんじゃな~~い〜




たった140円で新品同様~~~
うれぴ~~~ぃ



ちなみに、耳部分を合わせて置くと、収まりはいいけどくっついて劣化が早いので、
耳は合わせずにしまうよ~


  



  




高尾山紅葉狩り

昨日、高尾山に紅葉狩りに行ってきました




高尾山は何度か登ったことがあって、甘く見てたら結構ハードでびっくりした覚えがあるけど、今回はケーブルカーと一番楽なコースで登ったので、あっというまに頂上に!
(団子食べて、階段登って、写真撮ってる間に着いたよーな、、、
こんなに楽なコースもあるんだ~~、、、これならお年寄りも子供も登れる~~と改めてびっくり


お天気にも恵まれ、とても気持ちよかったけど、紅葉はイマイチまだだったなぁ~~~、、、




今月はハイシーズンで、平日の朝だというのに賑わってましたよ。

駅直結で極楽湯もあって、登山帰りに寄りたかったけど、これまたすごく混んでそうだったんでやめちゃった。





そうそう、、京王線でいくなら、高尾山きっぷがおすすめ!
京王線どこの駅からでも往復乗車券とリフトかケーブルカーの券(往復か片道か選択可)がついて、2割引になるの。


今回私はこれを使って、上りは楽チンして、帰りはちょっとハードな山道を下りてきました。


楽チンコースなら、ラフな格好とスニーカーでも大丈夫だけど、山道コースは滑らない靴ちゃんと履いてね。
着るものは、登っているうちに暑くなるので脱げる厚着でね。

この時期、着るものってどうしてよいか相当悩んだけど、
寒がりな私は、ユニクロのエアリズムに長袖Tシャツ、UVcutパーカーに、防水バーカーを着て、、そしてウルトラライトダウンベストを買って持ってったよ、、(^_^;)

朝は寒くて全部着込んでたけど、頂上につくころはほとんど脱いでた。。
頂上は昼だったし、日差しも強かったから、半袖の人もいました

ウルトラライトってのは、軽くて持ち歩けるから、こういう時便利なんだね。
着てる人がたくさんいたよ。






それから、、帰りのリフトもおすすめだよ~。

す~~んごい高いところから乗るから、スリル満点!
今回は乗らなかったけど、、私のお気に入り





朝登って、お昼には下りてきて、麓のお蕎麦やさんへ。
でも、、、、どこも混んでて並ぶよーーーー

  (美味しかったよ。。小ぶりだけどね、、)




気軽に行けて、楽にもハードにも登れるコースがある高尾山はなかなか良いですぞ!

鯖缶

頂き物の鯖缶。


あまりに美味しくて自分でも買ったん。。
こんな美味しい鯖缶初めて~~
もう自分で煮る気なくなるー


結構高い、、、

でもオススメ


ユアーズホテルの鯖缶


▼追記の開閉
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ど、ど、ドリフの~

今日、BSでドリフの大爆笑やってて、たまたま見つけて、終わりの方少ししか見れなかったけど、
懐かしかったな~。。


すっごい古いやつだったみたい。。
ゴールデンハーフのエバちゃんが出てたよー


この頃って本当にハチャメチャで面白かったよねーテレビ。。
今はこんなこと放送したら、あれこれ言われて大変なことになっちゃうからな。。




しかし、、ドリフってすごいなぁーーー。。

ゲストに由利徹さんが出てたけど、この方も、、いるだけで面白い!
たった一人で、ドリフの全員を食ってしまうぐらいすんごい存在!


昭和の芸能界は、個性的な人たちがたくさんいて面白かった。


そーいえばコメディアンって、、平成には見かけないね。。。
芸人さんでひとくくりなのかなぁ。



コメディアンってすごいと思わない?!!




ドリフもクレイジーキャッツも、由利徹さん、東八郎さん、森繁さんの社長シリーズも、、


面白くてワクワクしたよなぁ。。。





そういえば、ドリフの音楽をやってらした、高島明彦さん、去年亡くなってしまったけれど、、、
この方もすごーい偉大な作曲家さんで、、、私は随分影響を受けた。
というか、コメディー音楽を作る人たちは絶対影響受けてると思う。
オチのME、ドタバタ音楽、、、、、(メイプル超合金さんのブパパブパパもここからきてるよね)

ほんと高島さんは天才!
私が若かったら弟子入りしたかったとずっと思ってた。





最近のテレビを面白いと思えなくなり、、SNSもあまり好きになれず、、、
昭和は良かった~~なんて言ってる私は、ホーーントに古い人間だわ、、、


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チキンラーメン食べた

チキンラーメンって、すっごい昔からな~い?

CMも口ずさめるくらい知ってるけど、実は食べたことなかった。。。

だって、、、、




ところが、母のところにたくさん買ってあった。




麺好きだった母は新しいラーメンが出ると必ず買って食べていた。
美味しくなかったら、美味しい具を足したり、スープをミックスしたり、骨から出汁を取ったりして、美味しく食べる工夫をしていた。





認知症になった頃、買ったことを忘れて毎日買ってくるので、冷蔵庫も棚の中も麺類でいっぱいだった。
しかも開けてから、、、きっと昔のようにスープをミックスしたり、なにか工夫しようと思うんだろうなぁ。
中途半端にあけて、結局どうするんだったかわからなくなって、スープと麺と袋がバラバラにはぐれて、どれがなんだったのか組み合わせも作り方ももわからなくなったようなのが、冷蔵庫にあふれていたっけ。。。


そうして何年も経って、ホームに入る直前はもう自分で作ることもできなくなり、買い込む事は無くなって、チキンラーメンだけがたくさん残ってた。。。
こういうの食べる人じゃなかったんだけど、、、簡単に作れるから買ってあったのかなぁ。


母の住処を片付けて、色々処分して、、、
封の開いてない食品は家に持って来たけれど、そのまま全く食べずに、家でも残ってたチキンラーメン。。。。




気づけば、、若干賞味期限が切れてた。。。。。。



もったいないから、、食べてみた。。。





ロングセラー、、、、




ある意味驚いた。。。





最近はチキンラーメンを美味しく食べるアレンジが流行ってるらしい。。。




そのまま食べたら、ベビースターラーメンの味がした。


ベビースターラーメンは大好きなのよ


あなたがいるから

あなたがいるから、、




窓が開けられないのよ。

網戸の内側にいるから。。


台風の間ずっとここで待機してたでっかいカメムシ。



出やすいように、網戸ずらしたり、叩いてみたりしてるけど、必死にしがみついて落ちない!

右に行って行き止まってはUターンして、左で行き止まってはUターンを繰り返すばかりで、、、。



殺さないであげるから、早くどっか行ってくれよ。。


やっと晴れたんだから、、

窓を開けたいのよ、、






くりくり坊主



栗剥き!
買って正解!!


栗むくのすご~い楽になった


栗、好きなんだけど、剥くのが大変であまり食べなかった、、、

これからはいっぱい食べられるーー


オススメー

新しいレイアウト

   


DTMやってると、鍵盤とパソコンとキーボード、マウス、そしてスピーカー、、
という色々置く物が多くてなかなかレイアウトに困る訳です。


鍵盤弾きじゃない人は、大抵、デスクとかエレクター等にパソコン関係と左右にスピーカー、小さい鍵盤(24鍵とかも有)で済ませるんだけど、鍵盤弾きの場合、やっぱり88鍵のキーボードをデンッとメインにセットした上で他の物のレイアウトを考えてしまう。



私の場合、レッスン等で譜面を見ながら弾くことが多いので、どうしても譜面台が必要なんだけど、譜面を正面に乗せると、なんと、、モニターにどんかぶりで、パソコン画面がなーんもみえなくなるのねん、、、



昔は右手側にPC関係をすべて置いていたんだけど、今は右側にWindowsが置いてあるので、一時、Windowsのモニターを切替スイッチでMacと兼用にしてみたりしてたけど、遠くてみづらいので、結局正面に移した。

んで、仕方なく、モニターを高くして、楽譜から半分位は見えるようにして、キーボードとマウスは右手にミニテーブルを置き、そこで操作をしてきた。(モニター見るときはいちいち楽譜をちょいどかしてのぞく)


この、譜面台、モニター、鍵盤、キーボード、、、という4品をすべて正面に置いて効率よく作業するのは不可能なんかな。。。





今までは大きなデジピに諸々乗せていたけど、今回はとりあえず手元にある安いデジピを使おうと、、本当は好きじゃないんだけど、高さが調整出来るのでエレクターを買って、なんとかうまく乗せられるよう考えてみた。


スピーカーを耳の高さにするために、今まで使っていたブロックの上に板を乗せ、その上に結構高い丈夫そうなレータケースを購入、、、ちょっといい感じでしょ?



↑こんな風にモニターの台座を作って、楽譜を使わないときは、この状態で使う。(う~~んなかなか美しい!




↑楽譜を立てると、台座があってもこうなっちゃうから、右側に置いてあるWindowsのモニターとデュアルにしてみる。
(なかなかいい発想!わたしすごい!



↑お、、なんかかっこいいじゃん!これでミラーリングにして、どちらのモニターからも見れるようにする。
(やるじゃんやるじゃん!わくわく




↑あ、、あれ、、、両方から見れるけど、画面が小さくなっちゃった、、、、、なんでやねん、、



なんか、、色々調べて設定変えたりしてみたけど、Mac側のワイドモニターが、どうしてもWindows側の小さいモニターのサイズになってまうーーー。。。
文字もなんとなくにじにじで見やすいんだか見にくいんだか、、、


しかもなんだかしらんが、よー固まる、、、、おもいんだろか、、、


超興奮してわくわく徹夜でやったのに、大して今までと変わってないーーー


同じ大きさのモニターじゃないとデュアルは上手く行かないのかなぁ、、、
知ってる人いたらおせーてください!


プリンターはもう昔と違って有線じゃないから、パソコンラックも処分して別の場所に移動。(便利な世の中!)
ついでにいろんなものだーーいぶ処分してお片づけ。

ここまでやるのに4日以上かかった〜〜。

まだ、廊下に片付けきれない物がゴロゴロ、、、、、






こんなに頑張って片付けてレイアウト変えたのに、生徒さん達みんな気がつかない。。

なんでやねん。。。


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ドとミーー♪

長年愛用して来たデジピ(電子ピアノ)のドとミの鍵盤が戻って来なくなって来たーーーーーー




すごく古いデジピなので、もう4、5年前から、鍵盤の返りが悪くなって来ていたけど、とうとう本気でダメになってきた



どっかのクラリネットは、とっても大事にされてたのに、ドとレとミとファとソとラとシの音が出なくなってたらしいが(って全部じゃんか!)、こんだけたくさんある鍵盤(88鍵)の、たかだか二つくらい、ま、いーんじゃないの???


ってわけにはいかないよーーーー!!


センターのドとミはよく使うから、ここをやられると痛い。。
玄関と勝手口の前におーーーきな穴が空いてる位動けない。(よくわからない比喩


音は出るんだけど、『鍵盤が戻って来ない=鳴りっぱなし』ってことで、デジピの場合、ピアノ音源の音は消えても、信号は弾きっぱなし状態なので、データー打ち込みしてて、気づくと
「な、な、なんだ、、、このながーーい音のデーターは、、、
と30小節くらい(120拍)調子良く引き続けてるミの音を発見してびっくりしたりする



とにかく何より、やっぱり鍵盤が戻って来ないと、弾いていて調子狂う。





あ~あ、、いよいよかぁ。。。



これを買った頃は、今ほど音質もタッチも良くなかったから、ずいぶん楽器屋回って、試し弾きをして吟味して買ったんだよなぁ。
結構高かったし。。。。
でも、やっぱ昔の物は持ちが良いよ。20年以上元気にしっかり働いてくれた。
愛着もあるから、直して使いたいけど、、もうさすがに部品がないわな。

今はもっと良い音の物が安くで買えるけど、なーんかね、、すぐ壊れる、、、気がする。。。
物も人も、昔の方が壊れにくい気がするよ




あ~あ。
鍵盤買い替えるとなると、大変だー。。
マスターキーボードにしてたから、、配線全部外して、また設定し直さなきゃならんしー、、



実は一昨日は、Macが壊れて、修理したばかり。。

去年グラフィックボードが壊れて修理したばかりなのに、また壊れた
しかも、保障期間過ぎた途端に壊れた、、、、ばかやろぉ~~


Windowsは比較的安価で買い替えられるけど、Macは仕事ができる環境仕様に買い替えるとなると、本体だけで40万、周辺機器入れて50万くらいかかってしまう、、、、ぅ、、ぅ、、。


貧乏りか姫は、本体が壊れない限り、壊れた部品だけを交換して、なんとか使い続けるしかないのらよ。。
とはいえ、部品交換だって、毎回何万もかかってるけど、、、、



Macはなんでこんなにかかるんだ。。






、、とここまで書いて、アップし忘れているうちに、今度はキッチンの水道が止まらなくなり、洗面所の換気扇が動かなくなり、、、修理に来てもらった翌日、浄水器の水が止まらなくなり、、、、、



あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ


んも〜〜〜、、次々にいろんな物が壊れるーーっ



人も物も、みーーんな老朽化だよーー!もぉやだーーっ


よんごーよんさん!

テンキーを打つ時、数字を口ずさんじゃう人っているよね。
今の若い人はあんまりないと思うけど、、。


だって思えば、電話をかける時とかって、よく口ずさんでたりしたよね、
『えっと、03のー、、3、8~」みたいな。。。

今は携帯で番号を押すことあんまりないし、不思議と片手でプッシュするときは言わなくない??

面と向かってテンキーを見つめ、左手にメモ、右手でプッシュ、、みたいなときに言っちゃうもんだよね。
気合い入ってんのかな。




今日、、、

銀行のディスペンサーで、隣の年配のおばちゃんが、銀行のお姉さんらしき人に教わりながら、振込をしてたのよ。

んで、お姉さんが、「はい、じゃ、ここで暗証番号を押してください」といって、わざわざ一歩下がり後ろを向いたのに、
おばちゃん、「はい、暗証番号ね、、、、えっと、、よんー、ごー、よーん、さん!っと!」と大きな声で言いながら押したあげく、お姉さんが、「暗証番号押せましたか?」と聞いたら、「はい!よんごーよんさん!押しました!!!」と元気に答えた。。。

おいおいーーーーー、、、きっと良いおばちゃんなんだろうけど、こういう人が詐欺にひっかかっちゃったりするんだろうよ。。。。
ディスペンサーは横一列全部埋まっていて、おそらく全員おばちゃんの暗証番号聞こえたよ。


その後、まだ振込が続いていたのか、再度、「はい、では、もう一度ここで暗証番号を押してください」といってお姉さんが一歩下がり後ろを向くと、
「はい!よんーー、ごーー、よんーーー、さんっ!!」とご丁寧にもう一度大きな声で教えてくださった。。。。


さすがに私も覚えちゃったよ。。。4、5、4、3。



みなさんも知らず知らず言ってるかもよ。。。


気をつけてね


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納骨式終えて

先週、納骨も無事終えて、遺品の整理も大方終わって、や~~~っと落ち着いた。



先日も書いたけれど、ほんと、こういう儀式に疎くて、、、、
疎いのにいきなり喪主!!とか来るんだよねぇ、、(;''∀'')





納骨式のとき、「ではお焼香をお願いします。」と言われて、
「え???、あ、、あたし、最初??
だよねぇ、、、、あたしの親だもんね、、、。

(やばい、、、いつもお焼香って、前の人のを後ろから必死でみて真似してたから、よーわからん。どうやるんだっけ~~
色々仕切ってくれてる叔父にヘルプの目線を送るも、「いいからやれ!」的な目線が返ってきた。
(うっ、、うぅ、、どないしよう、、)と、心の中で唸りつつ、やむなく、ぬぬぬ~~っと正面に立ち、一回だけ焼香した後、悲しみをこらえるようなふりをしながら、正面の見事なお寺の飾りを凝視してたけど、内心、(手を合わせるん?、お辞儀だっけ?、、いや、変なことしたらおかしいかな、、どうしよ、、う~~んわからん!とにかく早く席に戻りたい!)と、思考回路全開で固まった末、、そそくさと参列の皆さんにお辞儀も忘れて、ぬぬぬぬ~っと席に戻ってしまった。。。。。。


続く皆様をみて、「あーそうだった!そうするんだったー!」と思っても、後の祭りで、笑ってごまかせる雰囲気なわけもなく、私一人が冷たーーーい汗をかいて終わりました。。。。トホホ


参列者が身内だけでよかったわ。
まったくいい歳して、ほんと情けない。。。





喪服を初めて着たのが父の葬儀。。。


昔はほとんど着る機会もなかったけど、ここんとこ、増えてきた、、、。


嫌だなぁ、、、、

こういう儀式にも慣れていくのかなぁ。。


それも悲しいなぁ。。。。。











呼ばれた気がして

呼ばれた気がしてふと見たら、門柱の上で、彼が独りじーーーーっと黄昏れていた。。





いや、、ファインティングポーズで固まってたから、シーサーのように家を守ってくれてたのかも。。。。
(実は怖くて近づけず、写真が上手に撮れなかった(^。^;)、、カマキリって飛ぶよね?)





あ、シーサーといえば、、、


家の外階段に置いてあった二頭のシーサー、いつからか雄の方がいなくなってしまった。


どこに消えたんだか、、、


どっこにもいない。
一頭だけ盗まれるなんてことないよねぇ?

何故に雄だけ消えたのか。。
どこに出かけたのか、、、

雌と喧嘩でもしたか?



まさか、、、、


今流行りの不倫、、、⁉︎











四十九日過ぎて、久しぶりにアップです

一ヶ月以上もブログ更新しなかったーーーーー


いや、、、書きたいことはいっぱいあれど、忙しかったり、気力が無くなったり、、、、。


時間が経つと、そんな書きたかったことも頭の奥の方にうずまって、、、
もうなんだったか忘れてしまって、、、、

あ~~、このまま私も呆けてしまいそう、、、、

って、また、ため息に埋もれて、、、。。




心配されるほど、落ちているわけでもないのに、、、

なんだ、、、、この、無力感は、、、、?!


という日々を過ごしておりました。。。。(^。^;)

(う~~ん、、文章までまとまりが悪くなってきた、、、)







先週四十九日が過ぎて、来週納骨するんだけど、、、



お墓とか、位牌とか、お寺とか、、、葬式もそうだけど、普段あまり関わってないことはまったく疎くて困るわ。




お葬式は、以前も書いたけどやってない。

直葬、火葬式、、と呼ばれる、、火葬のために本当に近しい人だけが集ってお見送りをするだけ。
最近はそんなふうに小さなお葬式が流行ってるらしい。

ささやかだけれど、ちゃんとお花を入れて、気持ちを持って送れたし、時間のある人だけでその後、近所で会食もしたし。
母みたいに、働いてるわけではない高齢者はこれで充分だと思う。




実は葬儀屋さんはネットで探した。

母が倒れてからすぐに逝かなかったおかげで、そういう時間がとれた。


最近は、引越や買取業者、修理屋さん等々、ネットで探すことも多くなったけど、調子のいい広告ばかりで、実際は「え??」ってことも多いから、本当に慎重に相談を重ねて、メール等記録に残しておくことを勧めます。

私が吟味して頼んだところは、15万円以下でほぼすべてやってもらえて、後祭壇一式もついてて、とても良心的でよかったよ。
やっぱり葬儀関係はわからないことが多いし、バタバタしてて手が回らないことも多いから、全部やってくれるところ、色々相談に乗ってくれるところがいいね。
最初は安いと思ったのに、あれもこれもオプションで、結局結構高くついたなんて話も聞いたので、頼む前によく確認してね。



ただ、それだけで終るわけじゃなく、今度はお墓。
戒名だの、墓石に名前掘らなきゃだの、納骨式だの、色々色々、やっぱりお金かかるんだなぁ。。。



うちは、父も母も儀式的なものが嫌いな人達で、結婚式も葬式も、そんなことにお金をかけるのくだらん派で、(^。^;)
家に仏壇もなかったし、お墓参りなるものも行った記憶がない。。。(まぁお墓はどちらも遠かったからね)

だからそういうことが全然わからない。。。



実は10年以上前に亡くなった父の戒名すらあんまり興味もなくて、、、
だって戒名聞いてもピンと来ないし、、、俗名(普通の名前)の父がやっぱり私の知ってる父上だもの、、。

そんな高いお金出して戒名って必要?????
、、、、、、って思っちゃう。。。。

でも、ちゃーんと父の戒名をつけていただいているから、母だけ無しで樹木葬ってわけにもいかないものね、、
(母は生前、お骨は海に撒いてくれるか、桜の木の下に埋めてくれても良いよ~と軽く言っていたけど)



御香典も、半返しするくらいなら、最初から半額でよくない??
、、、、、、って思っちゃう私(^。^;)

親戚なんかは結構高額で包んでくださって、、申し訳なくて、、。
それが相場だから仕方ないと思うけど、内心
「お返し要らないから、半額にしてほしいわ~」って思ってると思うんだよなぁ~~。。
私だったら思うなぁ~~~~。

自分が御香典出すときも、お返しは要らないですよ、って言うんだけどね、、、
そういう訳にも行かないんだろうね、、、世の中。。。




ところで、『行年』と『享年』の違いって知ってた???
位牌の戒名の下に『位』っているとかいらないとか、
『行年○○才』なのか『行年○○歳』なのかとか、、、


ネットだと、行年は満年齢、享年は数え年ってあるけど、家のお寺さんは逆みたいなんだよねー。。。

位牌とかお墓とかも、お寺さんの宗派によって色々あるらしくて。


でも、そもそも、お寺さんの宗派すら、興味がなく、宗の違いさえわからん!
だって、その宗教に入ってないもん!!!


日頃、「宗教嫌~~~い!あえて言えば、私、りかちゃん教!!」とか言って、クリスマスやって、神社に初詣行って、観光地でお寺巡りするような私が、こんなときだけ宗派にこだわるってことないもん。




って、、、罰当たりかしらねん、、。



日本古来の習慣などが、受け継がれていくことは良いことだし、大事だと思うんよ。

ただ、親から受け継がれないとわからないし、派が色々あってわかりにくいし、何かと日本古来のものって高いから(なんか無駄に高い気がしてならない)、このままだと廃れてしまう気がするよ。




私は父母からそういったことを受け継がなかったし、私に子供がいないので、これ以上受け継がれないけど、、
他の皆さんは、日本の悪しき習慣をやめ、良き習慣を受け継いでいって頂きたい!!!

と、無責任に思うのであります。。








母の気持ち

もうあの日から一ヶ月。。
先週、ちょうど三週間目の7月8日土曜日、身内だけで火葬式をしました。





そして先週末、グループホームの荷物をすべて出して、退去の手続きをしてきました。
こないだ入居の手続きしたのに、もう退去。。。




色々お世話になり、ありがとうございましたと感謝を告げると、ホーム長さんも、
「あまりに突然のことで、、、あのまま、もう会えないのかとスタッフもショックを受けていたので、戻って来てくださって本当に良かったです。スタッフ全員、ようこさんに会うことができたし、私たちも嬉しかったです。一番若いのにすごく大人で、お手伝いも色々してくださっていたから、、、、今でも毎日ようこさんの話をしているんですよ」と答えてくれた。

「そういえば、亡くなる2ヶ月くらい前から、娘さんのことをすごく気にかけ始めて、お金のことを心配したりしていたから、もしかしたら、どこかでわかっていたんじゃないかしら、、」、、なんて話もでていたそうだ。




そうか、。。。




実は、、

現実的でクールな母が、なんであんなに頑張って生きようとしたんだろう、、ってずっと考えていたの。


歳を取って醜くなることを嫌悪した母
認知症が進んで惨めな思いをしたくないと思い続けた母
食べられなくなったら死んだ方がいいと言っていた母

あの状態で生きたいと思うはずがない母が、なんであんなに頑張っていたんだろう、、、って。



「あたしはもういいかな~。せっかくホーム入れてもらって悪いけど、しっかりしてるうちに逝かせてもらうよ。んじゃ、お先に失礼~~

母は絶対そういう人だ。。





山場と言われた最初の三日を乗り越え、熱が出てまた危ないと言われた翌週も乗り越え、このまま長くなるかもしれないと言われた時は、本当に悩んだ。
わざと困らせてるのかと思ったりもした。。。


元気なら、、、、今までのように笑顔が見れるなら、、治療したと思う。
でも、意識のない状態が続くか、、もし、頑張ってよくなったとしても、半身麻痺、食事も出来ず、まともに喋ることもできない可能性が高いあの状態で、プライドの高い母が生きたいと思うことは絶対無い。



じゃあ、なぜ?

私の選択は間違っているの?本当はもっと生きたいの?
もし生きたかったら、ね、お願い!夢に出て来てでも、私にそう伝えて!と願った。



でも、母が夢に出てくることもなく、、導かれるように看取り介護をするため、グループホームに戻って来た。






認知症が発覚してからの母には本当に苦労したけれど、いつからか、必ず、私たちにとって一番良い方向に進んでいるんだと信じるようになった。
母が骨折して、私が世話をすることが多くなっても、ホームが空いて、入居することになっても。。。
いつもいつもどこかで、ちゃんと良い方向に導かれてるんだという思いがあった。
(なんかね、いつも亡き父が助けてくれてるような気がしたんだ)

だから、流れる方向でいいんだと、、いいはずなんだと、、





そして、スタッフさんの話を聞いていて、確信した。





母は私に伝えたかったんだ。



もう喋ることができないから、、、、



ホームのスタッフさんを通して


娘をとても愛していたこと、みんなに感謝していたことを。。。








ホームでの三日間、、、たった三日間だったけど、
スタッフさんから、私の知らない母の事を色々聞かせてもらった。
ここに戻って来て、こういう時間がなければ、聞くことはなかっただろう。

特に二日目の夜は、偶然、母の担当のスタッフさんが夜勤だったので、彼女だけが知っていた母の本音を、みんなが眠った静かな深夜、、、たくさん話してくれた。


いつも私に会いたがっていたこと、娘に会いたいけど、今更どうやって接していいかわからないと悩んでたこと、お金が少しでもあるなら残してやりたいと言っていたこと、そして、みんなに感謝してるって言ってたこと、、、





私は母が倒れて二日目に、ありがとうって言わなきゃ!!って思って、母の耳元にそれを伝えられた。。。

きっとあの時、母は聞こえてたんだ。。。

でももう動けなくて、、、喋れなかったから、、、、


なんとか私に伝えようと、、意地でも頑張って生きて、ホームに帰って来て、、、
スタッフさんから母の気持ちが私に届き、
翌日、旅立つ衣装を決めて、、
そうしてやっと逝けたんだね。。。



ったく、、母らしい。。。








もっと早く言ってくれたら、たくさん会いに行ったのに。。。
大丈夫だよ、充分だよ、私も感謝してるよと言えたのに。。。。





元気にもっと生きててほしかった。。。







不思議なもんで、あんなに大変で辛かった日々も、終ってしまえば、愛おしいほど懐かしい。





ものすごい意地っ張りの母と、その血を引いた私が、最後の最後になんとかわかり合えて良かったのかな。。




私はなんだかぽっかり穴が空いてしまって、今、少し生き方がわからなくなっているけれど、、、


ぼちぼち日常に戻っていかなきゃね。。。









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ありがとうの一日

そして7月6日、4日目の朝、夕べと打って変わって、とても容態が悪いと午前中に電話が来た。



宵っ張りで朝が弱い母の体調が、こういうときも出るんだなぁと思いながら、そういわれて今まで何度も超えて来たので、今回も大丈夫かなと思っていたところ、、、
お昼に再度急変を知らせる電話が来て、急いでホームに着いた時

母はもう、、、、静かに眠っていた。。。。






ホーム長さんがずっと手を握っていてくださったそうだ。



「穏やかでした。。。とても。。。少しずつ呼吸の数が減っていって、静かに、、、消えるように、、、呼吸が止まりました。。。」





そうか、、、良かった。。。


苦しまなくて、、、、、



母の事だから、私には死に際を見せずに逝くかもな、、って思ってたから、、、
それならそれでいい。



だって、、



ひとりぼっちじゃなかったからね。

スタッフさんがいっぱいいる時間で、訪問看護師さんもいらして、みんなに囲まれてたもんね。

昨夜、たくさん喋ったもんね。

洋服、選んでおいて良かったよね。







ホームはちょうどお昼時で、リビングからは賑やかな日常が聞こえたけど、そんな中でスタッフさんが全員、代わる代わるさよならを言いに来てくれた。




母の名を呼んで、、
手を握って、、思い出を語ってくれたり、お礼を言ってくれたり、たくさん褒めてくれたり。。。




スタッフさんたちの優しさに涙が出る。。。








訪問看護師によって、綺麗にお化粧してもらって、昨夜選んだお出かけ着に着替えると、グループホームのスタッフだけでなく、併設している特養のスタッフや職員の皆さん全員がエントランスに集まり、お見送りをしてくれた。
総勢50名くらいいただろうか。。。




あのまま一人暮らしをしていたら、こんなことあり得なかった。


逝く母の為に涙を流す人は私以外にいなかっただろう。。。


もし療養病院に転院していたら、もっと長生き出来たけど、こんなにたくさんの人達に愛情をもって見送られる事はなかっただろう。





母が亡くなった悲しみより、母の為に一生懸命介護して、泣いてくれたスタッフさん、
職員全員集めて見送りをしてくれた施設の心意気が、嬉しくてありがたくて、、涙が止まらなかった。。。






母にありがとう

ホームにありがとう

介護スタッフさんにありがとう

支えてくれた親戚にありがとう

応援して励ましてくれた友人にありがとう





悲しみより、人の温かさに包まれて、、、

ありがとうでいっぱいの一日になりました。



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穏やかな日常

ホームでは、スタッフさんが多い日中はお任せして、夜勤スタッフ一人しかいなくなる夜中にサポートを兼ねて面会に行くことにした。



日中は、訪問看護師が来て、痰を取ったり、スタッフさんに色々ケアのアドバイスをくれていたようだ。
身体や口の中を綺麗にしたり、褥瘡を防ぐ為に二時間に一度必ず体位変更をしてくれたり、バイタルチェックもまめに行いながら、いつものようにたくさん声をかけてくれていた。





7月4日、二日目の夜は、母の担当スタッフさんが夜勤だった。
他の利用者さんのケアの合間に母の部屋に来ては、母との思い出話を色々聞かせてくれた。



「ようこさん、よく夜中に「お腹空いた~、ご飯食べてないー」って起きて来て、一緒に甘いコーヒー飲んだりしたんだよね~」と、母が好きだった甘いコーヒーを入れて持って来てくれた。



「あのねー、こんな事言ったらようこさんに起こられちゃうかもしれないけど、、
『あたし、若い頃あんまりあの子に構ってやらなかったから、今なんかしてやりたいんだけど、、、どうやって接して良いかわからないんだよねー。。』
『娘には会いたいけど、、迷惑はかけたくない。あの子にはあの子の生活があるから。。』
『年金が少しでも残ってるなら、あの子に残してやりたい。苦労かけて申し訳ない』
、、ってよく仰ってたんですよ。」




え~~?、、私の顔見ると文句ばっかりで、ほんっと会うのが憂鬱になる母でしたよ。。。



「もう、、ようこさんは、本当は寂しがり屋なんだけど、すごく意地っ張りだから、恥ずかしくて言えないんですよー。。。娘さんにはいつも会いたがっていました。本当に娘さんの事いつも想ってらしたと思います。」





そんなこと、、、、、今更言わないでよ、、泣けてくる、、、。





担当のスタッフさん、若い方なので、あの母の事だから馬鹿にして意地悪でもしてるんじゃないかとすごく心配していたのだけど、、、
「いえいえ、むしろ娘(孫?)のように可愛がってくれて、たくさんお喋りしてくれたんですよ~」

「(母が倒れた)あの日も前日もお休みしていて、出勤したらこんなことになっていて、、、すごくショックで、、、。亡くなるかもしれないとか、転院するかもしれないって聞いて、もうこのまま会えないのかと思ったらすごく寂しかったんです、、、だから会えて良かった、戻って来てくれて良かった。。。ホームに戻って来てくれて本当にありがとう」と涙ぐんでお礼まで言ってくれた。



その日も私は泊まる覚悟で行ったけれど、彼女は特養で技術を磨いた人で、グループホームのスタッフにはちょっときついと思われる、母のような寝たきりの介護も上手に手際良くやっていたので、翌日仕事だった私は、安心してその日帰らせて貰ってゆっくり休む事にした。








3日目の夜も、同じように夜勤のスタッフさんが、度々部屋に来てはお話ししてくれた。


「ようこさん、夜中に『ご飯食べたっけ~?』ってちらっとこちら(キッチン)を覗くのよ。だから『食べたわよ~』って言うんだけどね、、、そのまま緑茶を入れて、お煎餅を食べてよくお喋りしたのよ。お買い物のときもね、彼女、チャキチャキで、冗談が好きで、楽しかったわね~~!」


毎度みんないろんな思い出話をしてくれる。
母に話しかけながら、楽しそうに、懐かしそうに。。。。






しっかし、、宵っ張りだった母は、やっぱり夜中ゴソゴソ起きてたんだな~、、、(^。^;)

でも、みんながちゃんと相手してくれて、結構幸せだったんじゃん





日常のお買い物の話や、お料理をいっぱい手伝っていた話や、イベントで張り切ってた話や、仲良しさんが出来て、いたずら2人組が出来かけていた事や、、、、

姉御肌でムードメーカーで、スタッフの人気者だったんですよ!って言ってもらえて、なんか嬉しかった。



一人が好きなんだ!ほっといてくれ!
ホームなんてまっぴらごめんだ、そんなとこ入るくらいなら死んでやる!!


と言っていた母が、本当は寂しがり屋だってみんなにばれてて、上手に相手をしてもらって、日々穏やかになって馴染んでいけたんだ。。。
ホームに入れた頃は、眠れないほど心配したけど、、、良かった。。。。。





今朝は血中酸素も下がり、血圧も下がり、ちょっと調子が悪そうだったらしいけど、夜には血中酸素も90近く戻り、熱も平熱になり、とても穏やかに見えた。

普通にいびきをかいて寝てるみたいで、このまま「喉乾いた~お腹空いた~!」って言いながら起きてきそうだった。



私は一緒にテレビを観たり、アルバムを開いてみたり、(最期に着る服を用意してと言われていたので)「お出かけ行くなら何着る~?これが良いかな~?あれがいい?お寿司食べに行きたいね~』と言いながら色々洋服を出して選んでみたりしながら、母に話しかけた。


なんだか穏やかに笑っているようにも見えた。




もしかしたら、奇跡が起きるかもしれないな。。。



そんな思いが涌く3日目の夜だった。。。














おかえり

今朝10時に病院に行って、退院の手続きやら支払いやらを済ませ、11時にはグループホームからストレッチャー付搬送車がお迎えに来てくれた。



看護婦さん達に手伝ってもらい、無事、車に乗り、担当医師も玄関まで見送ってくれた。
終止妙に冷めた医師だったけど、最後に一言「頑張ってね」と車に乗った私たちに小さく声をかけてくれた。





大好きなドライブ 
窓の景色は見えたかな 







グループホームに着くと、スタッフの皆さんが「おかえり~~」と迎えてくれた。


舌根沈下が起きてからはずっと呼吸が苦しそうで、常に横向きに寝かせていないと、舌が詰まって窒息してしまう。
救急病院では褥瘡を防ぐ為に、フカフカのベッドにたくさんのクッションを身体にかまして、二時間に一度は寝返りを打たせてくれていた。
たくさん管が入って可哀想だったけど、そういう見えないケアもしっかりやってくれていたんだと思う。



グループホームでは常時そばで人がみている訳ではないし、体位も日中は2時間に一度できるが、夜間は難しい。
着いてすぐ、訪問看護師さんが痰をとってくれたけど、病院のように苦しそうになったら、すぐ取ってあげるなんてこともできない。




大丈夫かな、、、



あ、、、なに気にしてるんだろう。
看取る為に連れて帰って来たのに、、






訪問診療の医師も、午前中の外来を終えてすぐ来てくれた。



「ご家族もお辛かったでしょう。」

と、まず労ってくれた。
電話でお話ししたときもそうだったけど、とても温かい。
穏やかにゆっくり話しかけてくれる。
それだけで泣きそうになる。





母の様子を診断して、
「もう何もせず、自然に任せてあげましょう。」と言われた。




「今の状態だと、痰を取りすぎても、その刺激がご本人の負担になり、点滴をしても、内臓が動いていないので、もっと苦しめる事になってしまいます。
それより、耳は聞こえてるかもしれませんから、たくさん話しかけてあげてください。手を握ってあげたり、喋りかけてあげる事が一番の緩和になりますよ。
それから、、(息を引取るとき)お母様はだれかがそばにいる前で眠りたいかもしれないし、もしかしたら、だれもいなくなってから、そっと一人で眠りたくなるかもしれません。どちらでもご本人の好きなときに眠らせてあげましょう。ご家族は何も気にしなくていいんですよ。ご本人が決める事ですから。それより、ご家族が根詰めて参ってしまってはよくないですよ。元気に見送ってあげましょう。決して無理をしないでください。」


お坊さんみたいに穏やかに優しく話してくれて、なんか胸につかえてるものがすっと取れた気がした





そうだ、いいんだ、、これで、、、







スタッフさんが
「テレビ付けようねー、サスペンスが大好きなんだよね~~~」と言って、大好きなテレビを付けてくれた。



管が全部取れて

私が持って来たクッションやら布団やらを身体にかまして

ようやく落ち着いて、私や馴染みのスタッフさんに囲まれて

心なしか、母がほっとしてるように見えた。








私はここ数日眠れなくて、、

一旦帰宅して遅い昼食を取ったら、なんかちょっとほっとして爆睡してしまった。。。。。




今夜はシャワーを浴びてからまたホームに行き、朝まで母のそばに付いている事にした。




「もーいいよー!そこまでしなくてー!あたしは平気だから、あんたは帰って家でゆっくり寝なよ!」

って言われた気がした。。。


うん、、、まぁ、今日ぐらいはね、そばにいさせてよ。





看取る勇気を。。。

いよいよ明日


母をグループホームに連れて帰る






6月中には転院するつもりだったのだが、週初めに呼吸が少し粗くなって来たので、あと2、3日かもしれないと言われたため、今週いっぱい転院を引き延ばした。






でも母は生き延びた。。。


もう駄目かも、と何度か言われつつも、母は生き延びている


心拍数130以上で2週間生きている


走り続けてるのと同じだよね。。




70歳過ぎても水泳をやっていて、2kmぐらい泳いでたから、プールでも「すごいおばあちゃん」と言われてた人だ。
1時間自転車に乗ってプールに行き、1km泳いで、また1時間自転車をこいで帰って来てた人だ。。



ほんとに心臓強い。。。。


それがいいことなのか、、
とにかく今は呼吸が苦しそうで、見ていて辛い。


このまま病院でいろんな治療してみたほうがいいのか、、、


ほんとうに悩む、、、







親御さんが同じような状態で亡くなった人はまわりに結構多い。
みんな「大体、3ヶ月くらいで亡くなったよ」って言ってた。。。



このまま療養病院に任せて、何かあったら連絡してくださいって言った方がずっとずっと楽。。。


母もその方が幸せだろうか???



無理な治療はせず、なるべく楽に逝かせてあげたい
温かく、人間らしく見送ってやりたい。。。



そう思うけど


看取るということは本当に本当に重い、、勇気がいる




でも、母が私の立場だったら

「なるべくお金がかからないやつにしようよ。手間がかからない楽な方にしようよ。もうさ、どうせ死んじゃうんだからさ、歳取ったら。。。だからいいんだよ。若い方が、生きている人の方が大事!どーでもいいけど、めんどくさいのは嫌だよ、あたしゃ!」

っていうだろうな。クールだからなぁ。


もし、母が私の隣にいたら、
「どうだったいいんだよ、私のことは。あんたの一番いいようにしな。あんたが一番楽なようにしなよ。私の事は気にしなくていいんだよ。大事なのはあんたの人生なんだから。」

っていうだろうな。間違いなく、、、。






倒れる前の母に戻れる可能性があるなら、、治療してみるけど、、



生き延びているだけの母なら、生かされているだけの母なら、、もう、、、、、


「格好わるい姿で生きたくないよ。人に迷惑かけてまで生きたくないよ。美味しい物食べられないんなら、歩けないんなら、やりたいことできないんなら、さっさと死なせておくれよ!」


プライドの高い母はそういう人だ。



そう、、、




でも不安。。。
とても。。。

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看取り介護

ご心配おかけしました。
エールを下さった方、死ぬな!と言ってくださった方、、ほんとにありがとうございます
バタバタと日々大変で、お返事出来なくてごめんなさい。。。なんとか頑張ってます。





病院の方は、救急病院ということもあって、とにかく早く出てもらいたい様子で、延命治療をしないことを了承してくれた療養病院を二つ紹介された。




一つは、ホームに入る前のかかりつけ病院で、家から近かったので、26日、とりあえずそちらに面談に行った。




入院病棟は新しく綺麗だったけれど、老齢病院なので、入院している患者さんはみな、重度の認知症や障害を持っている。
もちろん母もそういう症状ではあるけれど、、、、

なんか、、ここは、、、、、、本当に悲しくなる位、、、絶望的な気持ちになる。



それでも生きなければならないのか、、
人生最期の場所はここなのか。。。


「やだやだ!こんなとこやだ!あたしゃこんなとこ入るくらいなら死んだ方がマシだよ!」
間違いなく母なら叫ぶだろう。




入院費用は、母の場合食事も無いし、控除もあって、聞いていたより安く、月額15万くらい。
ただ、病院の方針としては、延命はしないとはいえ、中心静脈栄養は絶対ということだった。
面談はソーシャルワーカーとなので、それ以上の治療法は医師でないとわからず、医師によっては、経管栄養や胃瘻などをする可能性もあり、それは入院が決まって担当医が決まらないとわからないと言われた。
そこが、大事なところなんだけどな。。。
一度管を入れたら、もう抜くことは出来ないからね。



病院は基本、治療をするところなので、何らかの治療をしないわけにはいかない。
したくないなら、家に連れ帰るしかない ということだ。




家で看取る


昔なら当たり前のことだったかもしれないけれど、現在、同居していなかった母を入れる部屋もなく、そんな重いことを一人でできる知識も勇気もない。情けないけど。。。



で、、母が半年間過ごしたグループホームでの看取りを考えてみた。
自宅で一人では看取れないけど、介護のプロ達と一緒なら。。。



ホームで看取り介護をやっている事は、入所時に説明を受けていたので知っていたが、実際には皆さん未経験で、今の状態の母の看取りは、負担が大きすぎるだろうからなるべく避けるつもりだった。


でも、このまま栄養を与え続けて、何かの合併症になって亡くなるまで待つような入院生活、、、、
そんなのやっぱり、、、違うと思う!




医学的なことも、死のことも、私にはよくわからないけど、、

本来、人は死に近づいたら、食べ物を受け付けなくなり、飲み物を受け付けなくなり、衰弱して息絶える。
それが一番自然で、自然に任せることが一番の安楽死なのだそうだ。
身体はちゃんと、楽に死ねるようにできているのに、栄養を与えないと弱ってしまうとか、水をあげないと乾いてしまうとか、余計なことをするから、痰が絡んだり、感染症になったり、元気が出た分苦しみや痛みを感じてしまったり。。


もちろん、すべてにおいてそうとは言えないかもしれないけど、この話にはすごく納得できた。。。



母は、、、

点滴をあちこち刺して、痣だらけになって、だんだん刺すところが無くなってきた、、

手足がむくんできた。。。

経管栄養してから、熱が下がらなくなった。。

今週から舌根沈下が起きて、とても息が苦しそうになった。

昨日、息が苦しくていびきがひどいため、他の患者さんが眠れないとクレームが来てるので、個室に移ってほしいと言われた。

なんか、治療せずに居ることは、すごく迷惑みたいだ。。。。





先週、グループホームのスタッフさんに、それとなく看取り介護のことを聞いたとき、
「あー、、やってます、、やってますが、、施設長に聞いてみないとちょっとわからないですけど、、、」
と、正直ちょっと困ったような、自信なさそうな表情に見えたので、やっぱり、、悪いかなって思った。。

けど再度、施設長さんに現状を伝え、看取り介護をお願いすることは可能かとメールしてみたら、

「ホームではもちろん看取りを含めた訪問看護医と契約していますが、私たち自身は医療行為はできませんし、常時付きっきりで診ていることもできません。それでもよろしければ、出来る限りの介護はさせて頂きます。初めてで不慣れなことがたくさんあるかもしれませんが、、。笑顔で優しかったお母様が急にいなくなって、スタッフもみんな寂しがっていましたから、ホームに戻られたら、お元気だった頃と同じようにお声がけしながら、やれることを精一杯やらせていただきますよ。」と快諾してくれた。


なんかとってもあったかい気がした。。。

医療行為はなくても、温かい介護と仲良くして頂いたみなさんに囲まれて、自然に全うできるようにしてあげよう。

その方がいい。



ホームと契約している訪問看護医も、「ご家族も大変ですね、お気持ちはよくわかりますよ。余計な延命治療はしないで、患者さんがなるべく辛くないよう緩和ケアをしながら、自然に穏やかに逝けるように尽くして行きましょう」と言ってくださった。



すごい決意。。

転院(転所)は来週月曜。




今日、母に会いにいくと、病院の廊下に聞こえるほどの舌根沈下による大いびき。。。
本当に苦しそう。。。。来週まで持つだろうか。。。



病院側は、

ほんとに治療しなくていいんですか?
本当に(そんな不慣れな)ホームに戻していいんですか?
(管を外したら、絶命してしまうかもしれませんよ、、、)
ほんとにいいんですね?


そういわれると揺らぐ。。。

でも、、、




なんとか楽にしてあげる方法はないの?。。。

治療をした方がいいのか、、、、
治療した方が苦しいのか、、、、


気持ちはいつまでも揺れて、、、、


私も苦しい
















*CommentList

アミロイドアンギオパチー

簡単にいうと、アミロイドが溜まることで血管が詰まり、結果破裂して脳出血を起こしてしまうような血管障害。

知らなかったけど、認知症の人に多いらしい。


母も救急で運ばれた当日、ドクターからアミロイドアンギオパチーの疑いありと言われた。
検査の画像では脳の半分は出血で真っ白になり、それにおされて脳幹もずれてしまっていた。



この2、3日が山場ですねと言われて、諸々考慮して1週間、仕事も予定もすべてキャンセルして、もしもに備えた。





そして、一週間が経った。。。




母はまだ生きている、、、、




全く意識がないまま。。。。






アルツハイマーの人の脳はスカスカに空いていて、大出血した血液がまるでスポンジに吸い込まれるように脳に吸われて、そのままなんとなく安定してしまうことも多々あるそうだ、、、。



え、、、?






母は山場を超え、安定してしまった。。。
植物状態のまま。。。





最初の3日間、意識は無いものの、右手が動き、気のせいかもしれないが、手を握り返してくれることもあった。
まだ通じ合えるものがあった、、生きている母を感じることができた。



4日目、面会に行くと、鼻から管が入っていた。
鼻から管が入っているせいか、少し息苦しそうで、口を開けて、ガーガーいびきをかくように寝ていた。
手を握るととても熱くて、熱があるように思えた。
話しかけてももう聞こえてない気がした。。。



5日目、ドクターに「ここから先は別の病院、療養病院に転院してください」と言われた。
「あの、鼻から管が入っているのはなんなんですか?」と聞くと、「栄養を入れてます。でもほんの少しです。別に延命ではありませんから。」と言う。


え??何故?

母はこの日も鼻の管が苦しそうで、無惨な顔をしてガーガーと口を開けて寝ていた。

他の人には根拠が無いと言われてしまうかもしれないけど、、、
4日目から私は、そこに母を感じなくなった。
母の意識というか魂と言うか、、、なんか、、もう通じてない、
ここには母がもういない、、と感じるようになった。





療養病院。

家の方だと入院費が月額20万円を超える。
なんでそんなに高いんだろう?





延命治療はしないで!母も私も希望してない。
このまま静かに逝かせてあげられないの?
あの状態で生き続ける、生かし続ける意味があるの?



眼も開けない、喋れない、食べられない、水も飲めない、意識も無い。
もしプライドの高い母が、あちこち管を入れられて、口を開けたまま哀れな姿で横たわる自分の姿を見たらどんなに嘆き悲しむだろう。





病院側は「日本では尊厳死は認められていないんです。だから治療するしか無いんですね、ここではね。ここは救急(病院)ですから、手厚く看護しますから。転院先で相談してみたらいかがですか」




このまま、意識が無いまま、月に20万円以上かけて、高齢の母に望まない栄養を与え続けるの?


もし万一、目を覚ましても、左半身不随、嚥下障害、意識障害、認知障害で、自分が誰かも、私が誰かもわからなくなって、動くことも食べることもできないなんて、もっと不幸じゃないの?!

きっと普段の母なら「冗談じゃない!こんなんなら死んだ方がマシ!やめてくれ!さっさと逝かせてくれ!!」と大暴れするだろう。





どうしたらいいの?




6年の長い介護がやっと終って、ちょっと燃え尽き症候群だったけどそれも超えて、、、


やっとテニスにも復帰して、
やっと音楽活動再開に向けて準備を始めて、
自分の人生に戻れると思っていたのに、、、、



またこうやって、母のことに追われて、、




いったいいつまで続くの?




もう、、、
老人なんて、、


歳を取るなんて、、


絶望しかない



母が逝けないなら


私が死にたい








母に感謝を

こんな風になってしまうと、やっぱり後悔は付いて回る。


ホームに面会に行くと、
「美味しい物食べたい。。。」
「ここは退屈、、外に出られないし、、どこか遊びに行きたい、、外に出たい」

とよく言われたのに、結局どこにも連れて行ってあげることが出来なかった。。。

ホームでもイベントや買い物はあるんだけど、あまり記憶にないらしく、デイサービスでいつもあちこち連れて行ってもらっていた記憶が強いようで、母は毎日つまらないとぼやいていた。

もっと早く連れて行ってあげれば良かった。。。




実は最近「お金をちょうだい。お金を下ろして来て。買い物したいの。お金持ってないと不安!」と言われることが多く、ちょっと躊躇していた。
ホームではトラブルの元になるので金銭は持てない。
母には何度も「ここではお金いらないんだよ。持っててなくしたりするとトラブルになるからね。でもツケは聞くんだよ。欲しい物があったら娘につけといて!っていって何でも手に入るんだから便利でしょ」

と言って説得するんだけど、5分後にはまた同じ会話の繰り返しになるから、切りがない。




倒れた当日も、
「お金下ろして来て!お買い物したいの。ねぇお金下ろして来て。ぱ〜〜っといっぱいお金使いたいわー」と言う母に、
私はいつもと同じ説明を繰り返していた。

ただ、ホームでは大好きな揚げ物やお寿司などは滅多に食べられないので、「じゃあ、来週こそランチに行こう!」って決めたところだった、、、
もう少し生きててくれたら行けたのに、、、
もっと早く連れていってあげればよかった、、

悔やまれてならない。。。


来月は誕生会とか、母の好きな美術館への外出やら、ホームでのイベントも盛りだくさんだったのに。。。。


たった半年でこんなことになるなら、ホームに入れずに、大好きなスタッフさんがいる楽しかったデイサービスに通って一人暮らしのままの方がよかったのかな、、、。



色々色々、追いつめてしまい、、、、


いやいや、、もうやめよう。
これでよかったんだ、、

これでよかったんだ、、、、





それより、、、、母が逝ってしまう前に、言わなきゃ。。


ありがとうって、、


言わなきゃ、、、、





倒れた翌々日、意識がないまま横たわる母の耳元に

「ママ、生んでくれてありがとうね。本当に、、感謝してるよ。色々あったけど、、、いっぱいけんかしたけど、、、。
あなたはこんなとここなきゃよかったって文句ばっかり言ってたけど、こっちに来てよかったんだよ。本当はすごく幸せもんだったんだよ。一人じゃなかったんだよ。こっちに越して来てから、みーんなどうしたらママが一番楽しく心地よくすごせるか、いつも話し合っていたんだよ。みんなで協力して一番いい状態にしてきたんだよ。ほんとだよ。それは知っておいてね。だから幸せだったんだよ。私はママをとっても愛しているよ。どこにいっても。。。。だから安心して、ゆっくり休んで良いよ。。こんなこと、、、恥ずかしくて二度と言えないから、、、、今日だけだよ。本当にありがとう。。」



気のせいかもしれないけど、母は小さく手を握り返してくれた。。聞こえたと思う。


絶対に届いたと思う。





よかった。。。。。

これで思い残すことないや、、、(あたしが死ぬ訳じゃないけど、、、(^。^;)








そうして、私の気持ちも落ち着いて、、






ところが、、、、





ところが。。。。


延命治療

ここのところ夜はほとんど家にいたのに、たまたま小さなライブに出るため都内にいて、その後打ち上げ~~喉乾いた~~と目の前のビールをお預けにして、みんなが集まるのを待ってるときになった電話だった。。。


あー、、飲まないでよかった、、、、いや、飲んでおけば良かった、、、、


とにかく喉がカラッカラのまま、病院に駆けつけた。



まさか脳出血で倒れるなんて、、考えてもみなかった。。。。



血圧は高めだったけど、薬を飲んで安定していたし、健康診断の結果だって中性脂肪が高い位、、。

でもドクター曰く、脳はわからないんだって。脳ドックでもやらないと、血圧だけじゃわからないって。









実は、グループホームに入るときに、万が一のことがあった場合、延命措置をするかという書類を書かされた。

ほとんどの人がそうであるように、私も自分を含めて、母にも無意味な延命はしてほしくないと思ってる。
若いならともかく、母の場合、もう充分生きたし、寝たきりで食べられなくなって、栄養だけ貰って息をしてるだけなんて、本人も家族も辛いだけだと思うから。



でも、この延命措置ってどのあたりをいうか、すごく微妙。


「たとえば救急車を呼んでも、延命希望していないと、AEDとか何もせず放置される可能性もあります。
助かるかもしれないけど、手を出せず、みすみすそのままにされることもあるかもしれません。」と言われたら、、、

いや、、それはちょっと、、、できるならその位はしてあげてほしい、、、
助かるなら見捨てないでほしい。。。
やっぱり普通そう思う。


でもそれをやったために命が繋がったけれど、意識は戻らないことだってありうる。。
命は助かったけど、意識が戻らないなら生きててもしょうがないので、やっぱ殺してくださいというわけにはいかない。
助けたら、最後まで助けなくてはならない。動けなくても意識がなくても、、、、。



さて『どうしますか?』


と聞かれて、そのときほんとに答えに困った。
助かって元に戻って元気になるかもしれないし、駄目かもしれない、そんなのそのときになってみなきゃわからない。
でも延命措置をして蘇生したら、そのあと途中下車はできない。
母の歳を考えるとやっぱり、、、、と、さんざん悩んだあげく、
延命を希望しない
に丸をつけた。






で、今回、救急車で運ばれて、検査が終わって、まずドクターからの説明があったんだけど、長々とまわりくどい説明が多く、何が言いたいのかさっぱりわからない。。
母はどうなの?大丈夫なの???早くそれを教えて!!


つまりは、
「この紙があるので、なにもしてませんよ!こちらに運びましたけど治療も手術も一切してません。この紙がありますから!ここに延命希望しないと書いてありますから!!!!」

ということをまずとくと言われたわけだ。


そこまで言われると、私のせいで母を見殺しにしましたと言われてるようで切なくなるわ。



今は「なんで治療しなかった!なんで助からなかったんだ!」と食って掛かる家族も多いらしいので、ドクターの立場はよくわかるけど、、。
「私たちはどんな患者さんでも、たとえ末期のがん患者さんでも、助からないかもしれなくても、助かるようにベストをつくすのです。でも、この紙に希望しないと書かれていたので、何も治療していません!」という長い前置きの後に、やっと今の母の状態を説明された。



「いわゆる脳卒中。高齢で血管が弱っていて、あちこちで大爆発したような状態です。かなりの大出血です。」
脳の写真は右半分真っ白で、脳幹もずれてしまっている。。



で、、、、?
話はとまる。
そこから先は、紙がありますから。。。こちらは何も出来ません。指示してくださいということか、、、。




私は正直に自分の思いを伝えた。
何を持って延命治療と考えて良いかわからないこと、治療することで以前のようにとは言わないまでも人としての生活ができるならよいが、寝たきりになって食事もできないような状態で生きることになるのなら、治療をする必要があるとは思えないこと。。。でもなるべく苦しんでほしくないこと、、そのための措置はしてほしいこと。。


医者は立場上、「私たちは治療する機関ですから、どうあっても治療して行く方針です」としか言えないんだろうな。
私にただ現状のみを淡々と説明する。



「開頭手術をして治療したとしても、左半身麻痺は免れず、嚥下障害、意識障害も残るでしょう。これだけ大出血だと意識が戻らない可能性も高いです。」


高齢と認知症があるということも加味すると、もう手術などせずこのまま自然に任せた方がよいだろうと、私が決断せざるを得ない。


「どうしますか?」

と改めて聞かれ、
「治療はせずこのまま自然に見届ける形にしてください。ただ、出来ることならなるべく苦しまないようにしてあげたいです。」
「わかりました。この2、3日が山場ですね、、、」

ということで、特に治療はせず、酸素吸入と最低限の水分糖分点滴をして見届けることになった。









母が倒れた土曜日は、二ヶ月に一度の家族会があって、日中、2週間ぶりに母に会っていた。
すこぶる元気でよく笑い、一緒におやつのアイスクリームを食べ、来週には念願のランチに二人で行こうと話したところだったのに、、、、

その日の夕食後、スタッフさんが母の部屋に行くと、すでに倒れていたそうだ。。。



グループホームに入って半年。
私はゴミ屋敷との格闘を終え、母をホームに入れた罪悪感を越え、母もやっと慣れてきて、
たまに「こんなとこ退屈だ!どこか遊びに連れてってくれ!美味しいもの食べに連れてってくれ!」と駄々をこねることはあったけど、スタッフさんとも仲良くなって、笑顔も増えて、、これからもっと楽しくなりそうってときだったのに。。。




まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。。。。。









母危篤、、

いきなり、、、


母が倒れて救急搬送されたと電話が、、、



私が出かけてる時に限って、連絡がくる、、


病院に着いたのは22時すぎ。


脳出血、、、、


*CommentList

出産祝いさ〜

パンダ好きの生徒さんに貰ったーパンダカステラ〜可愛い〜〜



出産祝いさ〜〜〜って
こんな時間に食べちまった~


あ〜〜甘いもん美味しいー


三崎マグロ切符

断食する前のことだけど、ずっと気になってた、三崎マグロ行ってきました



品川から3060円で、三崎口までの往復切符と三崎口からのバス乗り放題と、30店舗から好きなマグロ料理を食べて、その上もうひとつ何かしらの施設利用が無料!というかなりお得な切符




私は、三崎港のマグロ食堂七兵衛丸でお勧め刺身定食(1500円相当)を食べ

  (ごめん、一切れ食べちまった、、)


その後、バスに乗って城ヶ島まで行き、馬の背洞門までウォーキング




そしてバスで三崎港に戻って、乗り換えて、油壺観潮荘でま〜ったり温泉に浸かりました。






京急はほとんど乗ったことがないので知らなかったけど、
普通の快速で特急みたいな前向きシートの電車に乗れるのねん
速度も速いし、ちょっとした旅行気分が味わえるのねん
ビールでも飲みながら乗りたくなるねん、、、、





三崎口駅からバスに揺られて程なく三崎港。。


食べるお店はいっぱいあるから、予め目星をつけておかないと、どこがいいか迷ってしまいます。。
(ネットでも見れるし、京急の駅にもパンフがいっぱい置いてあります)


平日の昼なのに結構混んでたから、良い町おこしになってそう、、、



うらりという土産物売り場の前からでてる、水中観光船も魅力だったんだけど、、ま、やっぱとりあえず温泉かね。。

ここの土産物は、、、うーーん、、
欲しいと思うようなものは結構高かったかなぁ、、、
安いブツとかはやっぱりそれなりだし、、ここだから安い!珍しい!ってのは見つけられませんでした。。
まぁ時間によるのかもしれないけど、、。




城ヶ島はわかーいころ結構ドライブで来てた気がするけど、久しぶりに歩くと結構楽しいね。
時間があったら、公園や灯台の方まで散策するのもよいかも。






あ、、バスは乗り放題とはいえ、都内ほど本数は多くないので、バスの時間を見てそれに合わせて行動すべし!
城ヶ島の後、夕方行った観潮荘のある油壺、油壺入口っていう手前までのバスはあるんだけど、油壺まで入って来てくれるバスは少なかったから、帰り、結構バス待ちして湯冷めしちゃいました。。。(風呂上がりに散歩しながら、どこかめぼしい店で一杯と思ったけど、全部閉まってて何もなく、バス停の椅子まで片付けられてて、さびしーーい気持ちでバスをずーっと待ってました、、




観潮荘というホテルは結構古いしぶい感じでしたが、、
温泉は、ちょっとぴりっとくる海水泉。
小さな露天だけど、海が見渡せて気持ちがいいです。
浴用タオルだけ、無料で貸してくれます。




これで3000円ならすごくお得だと思います~


ただ、家は京急の駅まで遠くて、行きは良かったけど、帰りは夕方のラッシュにぶつかり、帰宅するまでにへとへとになってしまいました~~。。。


油壺マリンパークなんかも入れるし、ファミリーにもおススメよ~~


断食最終日&後記

翌朝も6時起床、すぐ二階にあがりお祈りと瞑想。


実は前夜はひどい頭痛で辛かった~
木村さん曰く、塩分不足で頭痛になるらしい。
塩分不足なんて、日頃絶対あり得ないけど、そういえば、今回の断食では塩分ほとんど取ってない。
手元にもないので、常備してる鎮痛剤飲んじゃったけど、断食するときは塩をひとつまみ持っていた方がいいかもしれないです。




さて、今日は遠出ということで、朝の体操をカットして(やった!)、瞑想後に朝食(いつもリンゴと人参のスムージー)を摂ってすぐ出発


今日は新客がだれも来なかったので、昨日と同じメンバー
人数が少ないし、ちょっと特殊な環境と天津木村さんの軽やかな喋りのおかげで、みんな妙に打ち解けて、仲間同士の旅行並みに楽しい雰囲気となった。


わさび沢、浄蓮の滝、天城トンネル、、、どっかで聴いたよ~な名所を巡り歩く。



そういえば、天城トンネルのなかで、天津木村さんがまじめな詩吟を詠ってくれて、それがと~~っても良かったんです
長ーいトンネルで倍音が複雑に反響し合って、ものすごく深い響きになって、大きな大きなお堂の中のように神秘的で荘厳な雰囲気になり、その場がすごく浄化された気がしました

朝のお祈り(道場長が詠うお経みたいの)のときも思っていたけど、日本独特の和音階の動きって、心が静かになって行く気がする。。。本当に美しいと思う



この日は広く回ったけれど、山登りほどきつくもなく、お喋りをしながらのんびりだったので辛さを感じず、楽しいハイキングのようでした。


お昼は木陰でいつもの玄米プチおにぎりと生姜湯。わさび沢で買ったわさび味噌を、少しだけ付け足してもらって。


一通り回ると、今日も帰りにホテルで日帰り浴をして(あーホテルの名前忘れた!)、車で道場に戻り、私はそのまま名残惜しみながらも、みなさんにと別れて帰路につきました。



(むふふ、、不器用なピースの道場長さんも一緒に記念撮影)

(天津木村さんのブログに食事の写真等あるので、興味があったらこちらを見てみてね
『天津・木村オフィシャルブログ』





断食中、「意外と食べなくても平気なもんだなぁ~、、。帰宅しても食べないでいられそう。、、しばらく断食続けよっかな~~」なんて思っていたけど、帰ってくるに従って、すごくお腹がすいて来て、駅に着いたら、しっかりスーパーに寄ってました。。。

あっという間に普通の生活に、、、何事もなかったように馴染んでます。。。
まぁ二泊三日くらいじゃそんなもんか。。。





【合宿後記】

ここの合宿は半断食なので、断食自体は全然つらくなかったです。
ぼんやりしている時間がないので、余計なことを考えなくて済むというのが大きいかも。
ただ、この食事量での山登りやウォーキングは、決して楽ではないです。
初日、先輩女性にとって四泊目の11kmウォーキングのとき、「結構ふらふらするわ~」と言ってましたから。

このウォーキング等はあくまでオプションなので、自由参加。無理して行く必要は全くなく、自己責任で参加。
なによりオプションというくらいですから、有料なんです!(ここ注意!)
宿泊費は8000円だけど、オプションは2500~4000円位で、プラス温泉は実費だから、なんだかんだで一泊12000円前後かかります。
最終日、オプションだけ参加した私は、夕方チェックアウトの延長料はないけれど、オプションと温泉代で約5000円かかってます。
もちろんオプションに参加せず、じっと籠れば8000円。
でも、テレビもないし、やることないと退屈で食べ物のこと考えちゃいそうなんで、大抵みんな参加してるみたい。



もう少し出せば、もっと綺麗なところにいけるかもしれないけど、

愛想やサービス、綺麗さは望まない。
完全断食ではない。
オプションは有料で結構ハード。でもなかなか個性的で種類が豊富。自然が豊かで楽しめる。
自腹だけど、毎回違う温泉に行ける。


ってので良ければ、お勧め出来ます。
お祈りはあるけど、宗教に勧誘されることもありません(笑)






断食は少なくとも4、5日、一週間やると本当に見える世界が変わると言われているので、いつか1週間くらいやってみたいけど、完全断食はやっぱり無理だな、私は。
木村さんは、個人で完全断食3日を定期的にやっていて、今回初めて、こういう他の断食というものを経験してみようと参加されたそうだけど、完全断食は3日でもすごくきついって仰っていました。

ここなら、オプションを無理しなければ、一週間位できそうな気がしますわ。




それにしても、ここに来る人達はみんな痩せてる。
初日一緒だった先輩女性もリピーターで、今回は4泊5日、私が来る前日までは7人くらい宿泊客がいたそうだけど、
「私、ここですごく太ってる人って見たことないんだよね。貴方も別に太ってないよね?なんで来たんですか?」と聞かれた。そういう彼女も太ってるどころか痩せていた。


その先輩は、痩せの大食いで食生活が乱れて来たから、見直す為に来たと言っていたし、天津木村さんも職業柄食生活が乱れるので、定期的に断食をしたりジョギングをしたりしてるそう。
私も、「太った~~痩せなきゃ!」はあるけど、なんかリセットしたくて来たに違いないし、禁煙目的で来る人もいるみたい。
うーーんと太っちゃう人は、むしろこういうところには来ないのかもね。。。。





んで、肝心の、、痩せたかってーと、、、
ゆっくりしてる時間がないとか、トイレが共同とかで、ずっと便秘してたので、家に帰って下剤を飲んで、1.5kg減ったかな~ってとこでした。


まぁ、通常より2kgも太って、1.5kg減ったけど500gはもう戻ったので、まだまだダイエット日々は続きそうです~






でも今回の断食合宿で学んだこと。。。
ちょっと気持ちが変わるだけで、物事は簡単にハッピーになってしまうんだ~~、、
おんなじ景色が華やいで見えたり、辛くて憂鬱だと思っていた事が何でも無くなったり、、、、
つまんないと思っていた道場長のお話にげらげら笑ったり、、、(笑)


笑っているだけで、ネガティブな心が変わっていくだけでなく、楽しいと思える気持ちや行動が、まわりの人や状況すらも変えて行くんだなぁって、今更ながら本当に痛感しました。

後半の私は、気張ることも凹むこともなく、とてもナチュラルに楽しい気持ちで過ごせました。



人を笑わせることが大好きだと仰っていた天津木村さん、芸能界では色々あると思うけど、、、
テレビでもなく仕事でもない、、こんな風に何でもないところで何でもない人達に、笑いとハッピーを振りまいてくれたことに感謝



あたしは、、、、、見た目全然変わってないけど、、


行く前より少しだけ食生活に気をつける気持ちができたことと



何より、、、


ポジティブな気持ちが戻って来たことに感謝





それでいいね






断食合宿二日目

翌朝は6時に起きて、そのまま二階に上がり、朝のお祈りと瞑想。

とにかく寒い。
井の頭公園に本殿があるって言ってたかなぁ、、ここでは女子部屋の二階に神様が祭ってある。
玉光神社だって。
神社だからお経じゃなくて祝詞??
私たちは聞いているだけだけど、仏教と違って、お祈りの言葉が日本語だからわかりやすい。



瞑想の方は、、、自分も時々やってるんだけど、いつもどうしても眠ってしまう。
どうしたら眠らずできるのか教わろうと思っていたけど、、、
教わる間もなく、今日も眠った。。。。



お祈り瞑想が終ると、隣の棟に行って、今度は経絡体操。
ツボ押し棒みたいなものを使って、経絡に沿ってマッサージをすること1時間、そして体操。



先生はやっぱりぼそぼそしゃべるので、よくわからないし寒いし、、相変わらず床座りすると腰が痛いしで、、昨日先輩女性が、「朝のお祈りと体操は憂鬱」と言ってたのがなんとなくわかる、、。
眠いし寒いし、、ま、ウォーキングみたいに楽しいもんではないかな。。「早く終ってくれ~~~ぃ」と願う時間。。。




9時頃やっと、朝食にありつける。
朝食~~~ったって、リンゴと人参のスムージー一杯だけ。


でも、、、美味しい




今日で先輩女性はチェックアウトして帰り、新しく2名来ますと言われた。
何にもわかってないのに、今日から私が先輩女性だ、、、、



昨日のオプションはノルディックウォーキングだったけど、今日来る人たちが、もし山登りがいいと言ったら、山登りはできるかと聞かれた。。。
そんなん、、山登りってちゃんとやったことないし、どの程度のものかわからんし、良いとも嫌とも言えず、「みなさんに合わせます。もし山登りならゆっくり着いて行きます」と答えておいた。

10時20分ころには新客が来るので、用意をして待っておくよう言われ、つかの間の休憩。





ところが、新客はかなり遅れて11時頃到着。

二人来ると聞いていたので、昨日まで居た日当りの良い広い部屋を譲って、自分は暗い部屋の方に移動しておいたんだけど、若い女性一人しか入って来なかった。

「あれ?もうお一方はまだなんですか???」と聞くと、「あ、いえ、、もう一人は男性だから、別棟です」
「あ、そうなんですか、、、、お連れの方?」
「え?全然違います。私一人です。」


あー、そうなの、、、男の人が来るって珍しい。。。。。ほとんどが女性って聞いてたから。
じゃあ今日は男1人女2人なのね。




オプションは、もう時間もないからと、有無も言わさず山登りに決定。



あー、、体力のある男性が来たから、今日は山登りなんだなー。。。
なんて思いながら、軽く挨拶をして、昨日先輩女性が座っていた運転席の真後ろに私、私の後ろに男性、一番後ろに若い女性が座って、道場長のハイエースは一路山登り起点に向かって走り出した



どうやら、若い女性がうっかり快速に乗ってしまい、最寄り駅を通り越してしまったために到着がかなり遅れたらしい。
男性は関西の人かな?
明るい二人の新客の会話は楽しく入れたけれど、相変わらずの道場長のぼそぼそのお相手が全然できずに困っていたら、関西男性がこの車のミッション?「珍しいですよね~」なんて道場長に話しかけると、嬉しかったのか、それからしばらく二人で車の話をしていた。
やっぱり男同士のほうが話は盛り上がるのだな~、、会話はおまかせしちゃおう!、、、、
ってかこの男性、聞き上手喋り上手だなぁ。
振り返って見ると、以前どこかで会ったような親しみのある笑顔、、、、営業マンかな。





登山起点につくと、目の前に、まず神社に続くなが~~~~~~~~~い階段。

「まさか、これ登るんじゃ、、、、」
「これ登りますよ!」
「、、、ですよね~~~、、山登りですもんね~~~、、、」


はぁ、、、昨日のノルディックの筋肉痛と、半断食のおかげで、ちょっと気力体力ないけど、、頑張るしかないわ。
今日で最後、今日で最後!あ~~明日の今頃は~~僕は汽車の中~~だもんね。。



長い階段を登った先の小さな神社にご挨拶をしたら、そこから先は、道無き山を登って行く。





ひぇ~~、ほんとに登山なんだ~~~。。
今まで自分がやった山登りは、少なくとも道っぽいものはあったぞ。
泥濘った土に枯葉がたくさんかぶった急な斜面、、、、草や枝をかき分け登って行く。
滑ったらただじゃすまんぞぉ、、、

私と若い彼女はポールを持って登ってるけど、営業マンは「昨日は八ヶ岳に登って来た」というだけあって、ポールも持たずにニコニコしながら「危ないから僕が一番後ろに行きましょう!」と言って私の後ろに付き、楽勝で登ってくる。。。すごいなぁ。


振り返ると、急な斜面に眼がくらむので、とにかく前を向いて頑張る、、、(もー足が上がらんのよ)
時々足を滑らせ冷や汗、、、、怖っ、、、まだ死ぬ訳にゃーいかない。。




そのうち、道場長が営業マンに

「仕事は何をしてるの?」と聞いた。

(営業でしょー、、、、、)女二人。

「あ、、芸人です。」

「はぁ???芸人???」

一瞬皆止まって、後ろの営業マンを振り返ってみたけど、、、、

あー芸人さん、、、、そりゃ大変ね、、、、的な感じでまた登り始める。


「へぇ~、、なんて名前でやってるんですか?」と私が聞くと

「天津木村です。」


「え~~~~~っっっっっっ?  あ、あの、、(吟じますっ!)エロ詩吟の?」

「はい。」



あ~~あ~~、そうなの~、営業マンじゃなかったのねん。
知ってる知ってる知ってます、どこかでお会いしたような気がすると思ったら~~、、
お笑い好きの私が知らないはずないじゃありませんか~~

そうなんだー、このテンポのいい喋りや小気味良いツッコミは芸人さんだからなのかー。



最初遠慮がちだった彼のツッコミも、素性を明かしてからは、どんどん出てくるようになり、遅刻の彼女は沖縄出身と明かしてから、天然本領発揮しだし、どーでもいいことをぼそぼそ長ーく喋る道場長さんの話さえ、容赦ないツッコミのおかげで、もっと喋ってほしくなり、、、、
私の前後を飛び交う会話のおかげで、なんか空気が変わった気がした。
重い気持ちも疲労も、軽い会話で昇華していく感じだった




ほぼ登りきったところにある公園で昼食。



鳥のさえずりに心地よい風。眼下に見える海。
本当に気持ちがいい

昼食は、、、、、

今日も玄米プチおにぎりと生姜湯だけど




下りは緩やかな林道を歩く。(登ってきたとおり下りるのは無理よ、、あたし転がり落ちる)

下山中、、私もボケてるけど、私を上回る天然の彼女と、突っ込みどころ満載のピュアな道場長は、天津木村さんの格好の餌食となり、おかげで私はずーーーっと笑ってました


とにかく、場の空気を読むのが上手いし、聞き上手乗せ上手。
人間観察が好きって言ってたから、そういう関係もあるのかもしれないけど、すごく頭のいい人なんだと思う。




この日の温泉は、湯河原の上野屋という旅館の日帰り浴。(入浴料1000円)
昭和の趣きある旅館の小さな温泉。



「不倫っぽく撮って~~」なんてリクエストにも笑顔で乗ってくれた天津木村さん。






でも全然、不倫っぽくないわ~~~あはは。。





帰るとすぐにヨガ。今日のヨガの先生は明るくてわかりやすい先生だった。
質問を聞いてくれたり、ひとりひとりまわって丁寧に教えてくれた。



ヨガが終ればすぐ夕食。

いつものサラダと、今日は豆乳。



そして食後は3人でヨガの復習。。





明朝10時にチェックアウトして早く帰ろ~と決意してたけど、私も参加するなら明日のオプションは足を伸ばして、天城峠のトンネルと七滝めぐりにするという道場長の詔に、二つ返事で夕方チェックアウトに変更したりか姫でありました。






断食合宿初日

断食合宿って、ネットで調べると結構あるんだけど、「ご飯ついてないのになんでこんなに高いの?」ってほど高いんだよね。
特にホテルでやってる断食合宿とか一泊2~4万する。
えーー!そんなに払うんなら、美味しいもの食べたいわ!と思う私、、(^。^;)


だから綺麗じゃないけど、一番安いとこにした。
仕事もあるし、ちょっと怖いのでお試し二泊三日。


そこは完全断食じゃなくて、朝昼晩少しだけ食べられる。
まぁ、見掛けによらず身体の弱い私にはこのくらいでいい気がする。





断食初日


朝、豆乳バナナプロテインを飲んで、いざ出家!、、、、、、あ、いや、家を出ただけです。。。


結構早めに出たんで、途中駅の待ち合わせで、おにぎりの一個位食べて行けるかと思いきや、電車が事故で遅れた為に、思い叶わずぎりぎりの到着。。。。
あ~、、それだけでちょっと寂しい気分、、




たどり着いた宿泊施設は、山の上の、いかにも道場!これから修行!と言う感じの建物。。

対応してくれた人はほぼ愛想もなく、私を女部屋に案内すると、
「あとは彼女(先に泊まってる人)に聞いてください」と言って行ってしまった。
先に泊まっている彼女はリピーターで、今回は4泊しているらしい。
「私もよくわからないんすけどね、まぁ、ここは特に説明ないから、先輩に聞けって感じっすかね、、、」と言いながら、トイレとか洗濯機の場所を教えてくれた。
女子は、4、5人ずつの相部屋をガラス戸で二つに仕切ってある。
どちらも古い畳部屋で、ムカデも蜘蛛もいらっしゃるような、The 合宿部屋。もちろん布団は自分で敷くのよ。
幸いこの日は二人きりだったので、一人一部屋ゆったり使えた。



さて、ゆっくりする時間もなく、荷物を置いてすぐに、ウォーキングの準備。
この日は、その先輩と二人で箱根まで11km、ノルディックウォーキング。

道場長の車に乗り、道場よりもう少し山の上の方まで行く。
車中、道場長が色々話していたが、声が小さくぼそぼそ話すし、恐ろしく古いハイエースは、まるで船のエンジンのようにうるさく、私にはさっぱり聞こえなかった。それでも先輩女性は、「あー、はい、そーですね。」などとうまく会話をしていた。



程なくして、『ここから道なりにまっすぐ歩いてね」とぽんと車から下ろされる。

ノルディックのポールの持ち方もよーわからんのに、なんとなく教わって、なんとなくトレッキングシューズなんか借りて、なんとなくそれっぽい気分で歩き始めた。




車が通れるほどの林道だけど、ほとんど車も人もなく、なんか気持ちがいい






道場長は私たちより先を車で走っては、時々止まって待っていてくれる。



途中、道場長が「これ美味しいんだよ」と言って、桑の実や木苺を取ってくれて、2、3個つまんで食べながら、歩く、、歩く、、ひたすら歩く。。



だーいぶ歩いて、12時もとっくに過ぎた頃、、、先に待ってる古ーいハイエースの窓から、ぬっと手が出てきた。
その手先に何かを持ってるのが見える。
「あー、今日のおやつのプルーンだ」と先輩。


わ~~い!わんわんわん!!嬉しい~~おやつだわ~ん
って、なんか、犬になった気分で、種ありプルーン二個を手に取ると、いつもならパクッと頬張る一粒も、ねずみのように少しずつかじり、種がきれ~いになるまでしゃぶりつくした。。。あはは~、なんか変な気分。



でもまぁ、疲れも空腹も、自然が綺麗だからあんまり気にならない。



14時頃にようやく昼食。
お昼は木陰に座って、玄米プチおにぎりと、生姜湯。
どちらも塩味がないので、「あ~せめて生姜湯に醤油か塩いれたら、美味しいのになぁ~」と思いつつも、黙々食べる。



道場長と先輩がなにか会話してるけど、二人ともぼそぼそ喋るので、何を喋ってるのかよくわからず、なんとなくニコニコして「へぇ~~」とか「はぁ~~」相づちを打つ。



そしてまたひたすら歩いて、全部で4時間位は歩いただろうか、、
「後は下りるだけだから」という地点で、先に待っていてくれた道場長の車に乗って、下山して日帰り温泉箱根の湯に

この日は時間の余裕があったらしく、90分くらいゆっくり入浴させてもらえた。


帰ったらすぐ夕食。

女部屋と食事室とヨガの部屋は全部棟が違うので、いちいち移動しなくてはならない。(といっても隣同士だけどね)


食事はだだっ広い畳の間。
座卓がながーーーく連なった端っこに二人向かい合って座った。


夕食は思ったより大きなお皿にいっぱいの野菜と納豆。
ドレッシングは手作りでやっぱり塩分控えめ。
ほとんど味が無いけど、素材の味は味わえますわ





食べ終わって、部屋に戻り、荷物の整理をしてるうちにヨガの時間。
ヨガは外部から先生がくるらしく、今日は先生の都合で食後だった。




ヨガは家で毎朝やってるけど、ちゃんと習ったことないから、楽しみだったんだけど、、、、
う~~ん、、、、
自分が教える仕事をしているせいで、どうも教え方とか気になっちゃう、、悪い癖。。


しかも、山の上のせいか、思ったより冷え込みがきつく、湯冷めもあって、寒くて寒くて、、、
床に座ると腰痛も酷くて、、、
「あ~~~早く終ってくれ~~ぃ!」と願うばかりのヨガと瞑想タイムでした。



でも思ったより、空腹感に苦しむこともなく、バタバタと忙しく過ぎて、21時には疲れて布団に入り、あっという間の一日。



ただ、、、
こういうところに慣れない自分には、古いし汚いし、虫が多いし、暗いし、みんなぼそぼそ話して愛想ないし、なんか気持ち沈むよなぁ、、、、、
ま、仕方ないかぁ、、遊びに来た訳じゃないんだし、修行っちゃ修行、合宿だもんね、、
ほんとは三日目もオフなので、夜まで延長しても良いかな~なんて来る前は思ってたけど、やっぱり10時にチェックアウトして早く帰ろー、、




、、、、ってな思いを打ち破るようなことが翌日起こるとは思いもせず、、、



早く床に就いた割には、疲れすぎて眠れず、憂鬱な朝を迎えるのであります。


つづく。。


断食合宿行って来た!

この数十年、、ずっと頑張って来て、、、、
講師と作曲と舞台の稽古に追われて、盆と正月しか休めない年もあった、、、
でも、好きなことだったから全然辛くなかったけど、、、

2010年、母の様子に気づき、ゴミ屋敷実家から母を連れだし、
すべての事を減らして認知症介護に向き合い、苦しみながらもなんだかんだ追われて過ぎた日々。



それもやっと去年で終った。

今年、ようやく自分の時間ができて、さぁ〜〜今までの分も取り戻して頑張るぞ〜〜!と思った、、




なのに、、、、なんかおかしいの。




浦島太郎が箱を開けたときのような、、

急に老け込んでおばあちゃんになっちゃったみたい。


母が祖母の介護を終えたときもそうだった。。。。
すごく白髪が増えて、びっくりするほど歳を取って見えた。


私もおんなじことが起きてるのかな。。




今まで私はどこでなにをしていたんだろ、、、、
なんだか自分が、時代に、世の中について行けてないような感じ、、
虚無感、孤独感、焦燥感、、そして無気力。。。。



燃え尽き症候群???



やりたいこと、やらなきゃ!と思う気持ちに、気力や能力、体力がついてこない、、
頑張りたいけど頑張れない。


そんなストレス発散は食べるか呑むか、、、



気づけば、体重が大人になって最高記録更新中!!





これはまずい、、、、負のスパイラルだわっっ、、、、



と、結構悩んで、、このままでは自己改善できないと判断し、思い切って申し込んだ断食道場!!!



少し痩せなきゃ、、もあるけど、食生活の見直しやら、デトックスやら、リセットやら、

なんでもいいや


とにかくちょっと転換出来そうな気がする、、、
と思って、行ってきました!


ん?
言い訳が長くなったから、合宿日記は次ね!

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プロフィール

りか姫

Author:りか姫
国立音楽大学卒業
作曲家/ボーカル講師/歌手/女優   

≪主な作品≫
らんま1/2・機動警察パトレイバー・あぁ女神さまっ!・JR東海・白樺リゾート池の平ホテル・NTT・グリコ幼児牛乳・前橋ケイリン他(歌・コーラス)
中森明菜・藤あやこ・水森かおり
椎名恵 楽曲提供 他 
舞台、教育番組等の音楽制作

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