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母の気持ち

もうあの日から一ヶ月。。
先週、ちょうど三週間目の7月8日土曜日、身内だけで火葬式をしました。





そして先週末、グループホームの荷物をすべて出して、退去の手続きをしてきました。
こないだ入居の手続きしたのに、もう退去。。。




色々お世話になり、ありがとうございましたと感謝を告げると、ホーム長さんも、
「あまりに突然のことで、、、あのまま、もう会えないのかとスタッフもショックを受けていたので、戻って来てくださって本当に良かったです。スタッフ全員、ようこさんに会うことができたし、私たちも嬉しかったです。一番若いのにすごく大人で、お手伝いも色々してくださっていたから、、、、今でも毎日ようこさんの話をしているんですよ」と答えてくれた。

「そういえば、亡くなる2ヶ月くらい前から、娘さんのことをすごく気にかけ始めて、お金のことを心配したりしていたから、もしかしたら、どこかでわかっていたんじゃないかしら、、」、、なんて話もでていたそうだ。




そうか、。。。




実は、、

現実的でクールな母が、なんであんなに頑張って生きようとしたんだろう、、ってずっと考えていたの。


歳を取って醜くなることを嫌悪した母
認知症が進んで惨めな思いをしたくないと思い続けた母
食べられなくなったら死んだ方がいいと言っていた母

あの状態で生きたいと思うはずがない母が、なんであんなに頑張っていたんだろう、、、って。



「あたしはもういいかな~。せっかくホーム入れてもらって悪いけど、しっかりしてるうちに逝かせてもらうよ。んじゃ、お先に失礼~~

母は絶対そういう人だ。。





山場と言われた最初の三日を乗り越え、熱が出てまた危ないと言われた翌週も乗り越え、このまま長くなるかもしれないと言われた時は、本当に悩んだ。
わざと困らせてるのかと思ったりもした。。。


元気なら、、、、今までのように笑顔が見れるなら、、治療したと思う。
でも、意識のない状態が続くか、、もし、頑張ってよくなったとしても、半身麻痺、食事も出来ず、まともに喋ることもできない可能性が高いあの状態で、プライドの高い母が生きたいと思うことは絶対無い。



じゃあ、なぜ?

私の選択は間違っているの?本当はもっと生きたいの?
もし生きたかったら、ね、お願い!夢に出て来てでも、私にそう伝えて!と願った。



でも、母が夢に出てくることもなく、、導かれるように看取り介護をするため、グループホームに戻って来た。






認知症が発覚してからの母には本当に苦労したけれど、いつからか、必ず、私たちにとって一番良い方向に進んでいるんだと信じるようになった。
母が骨折して、私が世話をすることが多くなっても、ホームが空いて、入居することになっても。。。
いつもいつもどこかで、ちゃんと良い方向に導かれてるんだという思いがあった。
(なんかね、いつも亡き父が助けてくれてるような気がしたんだ)

だから、流れる方向でいいんだと、、いいはずなんだと、、





そして、スタッフさんの話を聞いていて、確信した。





母は私に伝えたかったんだ。



もう喋ることができないから、、、、



ホームのスタッフさんを通して


娘をとても愛していたこと、みんなに感謝していたことを。。。








ホームでの三日間、、、たった三日間だったけど、
スタッフさんから、私の知らない母の事を色々聞かせてもらった。
ここに戻って来て、こういう時間がなければ、聞くことはなかっただろう。

特に二日目の夜は、偶然、母の担当のスタッフさんが夜勤だったので、彼女だけが知っていた母の本音を、みんなが眠った静かな深夜、、、たくさん話してくれた。


いつも私に会いたがっていたこと、娘に会いたいけど、今更どうやって接していいかわからないと悩んでたこと、お金が少しでもあるなら残してやりたいと言っていたこと、そして、みんなに感謝してるって言ってたこと、、、





私は母が倒れて二日目に、ありがとうって言わなきゃ!!って思って、母の耳元にそれを伝えられた。。。

きっとあの時、母は聞こえてたんだ。。。

でももう動けなくて、、、喋れなかったから、、、、


なんとか私に伝えようと、、意地でも頑張って生きて、ホームに帰って来て、、、
スタッフさんから母の気持ちが私に届き、
翌日、旅立つ衣装を決めて、、
そうしてやっと逝けたんだね。。。



ったく、、母らしい。。。








もっと早く言ってくれたら、たくさん会いに行ったのに。。。
大丈夫だよ、充分だよ、私も感謝してるよと言えたのに。。。。





元気にもっと生きててほしかった。。。







不思議なもんで、あんなに大変で辛かった日々も、終ってしまえば、愛おしいほど懐かしい。





ものすごい意地っ張りの母と、その血を引いた私が、最後の最後になんとかわかり合えて良かったのかな。。




私はなんだかぽっかり穴が空いてしまって、今、少し生き方がわからなくなっているけれど、、、


ぼちぼち日常に戻っていかなきゃね。。。









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ありがとうの一日

そして7月6日、4日目の朝、夕べと打って変わって、とても容態が悪いと午前中に電話が来た。



宵っ張りで朝が弱い母の体調が、こういうときも出るんだなぁと思いながら、そういわれて今まで何度も超えて来たので、今回も大丈夫かなと思っていたところ、、、
お昼に再度急変を知らせる電話が来て、急いでホームに着いた時

母はもう、、、、静かに眠っていた。。。。






ホーム長さんがずっと手を握っていてくださったそうだ。



「穏やかでした。。。とても。。。少しずつ呼吸の数が減っていって、静かに、、、消えるように、、、呼吸が止まりました。。。」





そうか、、、良かった。。。


苦しまなくて、、、、、



母の事だから、私には死に際を見せずに逝くかもな、、って思ってたから、、、
それならそれでいい。



だって、、



ひとりぼっちじゃなかったからね。

スタッフさんがいっぱいいる時間で、訪問看護師さんもいらして、みんなに囲まれてたもんね。

昨夜、たくさん喋ったもんね。

洋服、選んでおいて良かったよね。







ホームはちょうどお昼時で、リビングからは賑やかな日常が聞こえたけど、そんな中でスタッフさんが全員、代わる代わるさよならを言いに来てくれた。




母の名を呼んで、、
手を握って、、思い出を語ってくれたり、お礼を言ってくれたり、たくさん褒めてくれたり。。。




スタッフさんたちの優しさに涙が出る。。。








訪問看護師によって、綺麗にお化粧してもらって、昨夜選んだお出かけ着に着替えると、グループホームのスタッフだけでなく、併設している特養のスタッフや職員の皆さん全員がエントランスに集まり、お見送りをしてくれた。
総勢50名くらいいただろうか。。。




あのまま一人暮らしをしていたら、こんなことあり得なかった。


逝く母の為に涙を流す人は私以外にいなかっただろう。。。


もし療養病院に転院していたら、もっと長生き出来たけど、こんなにたくさんの人達に愛情をもって見送られる事はなかっただろう。





母が亡くなった悲しみより、母の為に一生懸命介護して、泣いてくれたスタッフさん、
職員全員集めて見送りをしてくれた施設の心意気が、嬉しくてありがたくて、、涙が止まらなかった。。。






母にありがとう

ホームにありがとう

介護スタッフさんにありがとう

支えてくれた親戚にありがとう

応援して励ましてくれた友人にありがとう





悲しみより、人の温かさに包まれて、、、

ありがとうでいっぱいの一日になりました。



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穏やかな日常

ホームでは、スタッフさんが多い日中はお任せして、夜勤スタッフ一人しかいなくなる夜中にサポートを兼ねて面会に行くことにした。



日中は、訪問看護師が来て、痰を取ったり、スタッフさんに色々ケアのアドバイスをくれていたようだ。
身体や口の中を綺麗にしたり、褥瘡を防ぐ為に二時間に一度必ず体位変更をしてくれたり、バイタルチェックもまめに行いながら、いつものようにたくさん声をかけてくれていた。





7月4日、二日目の夜は、母の担当スタッフさんが夜勤だった。
他の利用者さんのケアの合間に母の部屋に来ては、母との思い出話を色々聞かせてくれた。



「ようこさん、よく夜中に「お腹空いた~、ご飯食べてないー」って起きて来て、一緒に甘いコーヒー飲んだりしたんだよね~」と、母が好きだった甘いコーヒーを入れて持って来てくれた。



「あのねー、こんな事言ったらようこさんに起こられちゃうかもしれないけど、、
『あたし、若い頃あんまりあの子に構ってやらなかったから、今なんかしてやりたいんだけど、、、どうやって接して良いかわからないんだよねー。。』
『娘には会いたいけど、、迷惑はかけたくない。あの子にはあの子の生活があるから。。』
『年金が少しでも残ってるなら、あの子に残してやりたい。苦労かけて申し訳ない』
、、ってよく仰ってたんですよ。」




え~~?、、私の顔見ると文句ばっかりで、ほんっと会うのが憂鬱になる母でしたよ。。。



「もう、、ようこさんは、本当は寂しがり屋なんだけど、すごく意地っ張りだから、恥ずかしくて言えないんですよー。。。娘さんにはいつも会いたがっていました。本当に娘さんの事いつも想ってらしたと思います。」





そんなこと、、、、、今更言わないでよ、、泣けてくる、、、。





担当のスタッフさん、若い方なので、あの母の事だから馬鹿にして意地悪でもしてるんじゃないかとすごく心配していたのだけど、、、
「いえいえ、むしろ娘(孫?)のように可愛がってくれて、たくさんお喋りしてくれたんですよ~」

「(母が倒れた)あの日も前日もお休みしていて、出勤したらこんなことになっていて、、、すごくショックで、、、。亡くなるかもしれないとか、転院するかもしれないって聞いて、もうこのまま会えないのかと思ったらすごく寂しかったんです、、、だから会えて良かった、戻って来てくれて良かった。。。ホームに戻って来てくれて本当にありがとう」と涙ぐんでお礼まで言ってくれた。



その日も私は泊まる覚悟で行ったけれど、彼女は特養で技術を磨いた人で、グループホームのスタッフにはちょっときついと思われる、母のような寝たきりの介護も上手に手際良くやっていたので、翌日仕事だった私は、安心してその日帰らせて貰ってゆっくり休む事にした。








3日目の夜も、同じように夜勤のスタッフさんが、度々部屋に来てはお話ししてくれた。


「ようこさん、夜中に『ご飯食べたっけ~?』ってちらっとこちら(キッチン)を覗くのよ。だから『食べたわよ~』って言うんだけどね、、、そのまま緑茶を入れて、お煎餅を食べてよくお喋りしたのよ。お買い物のときもね、彼女、チャキチャキで、冗談が好きで、楽しかったわね~~!」


毎度みんないろんな思い出話をしてくれる。
母に話しかけながら、楽しそうに、懐かしそうに。。。。






しっかし、、宵っ張りだった母は、やっぱり夜中ゴソゴソ起きてたんだな~、、、(^。^;)

でも、みんながちゃんと相手してくれて、結構幸せだったんじゃん





日常のお買い物の話や、お料理をいっぱい手伝っていた話や、イベントで張り切ってた話や、仲良しさんが出来て、いたずら2人組が出来かけていた事や、、、、

姉御肌でムードメーカーで、スタッフの人気者だったんですよ!って言ってもらえて、なんか嬉しかった。



一人が好きなんだ!ほっといてくれ!
ホームなんてまっぴらごめんだ、そんなとこ入るくらいなら死んでやる!!


と言っていた母が、本当は寂しがり屋だってみんなにばれてて、上手に相手をしてもらって、日々穏やかになって馴染んでいけたんだ。。。
ホームに入れた頃は、眠れないほど心配したけど、、、良かった。。。。。





今朝は血中酸素も下がり、血圧も下がり、ちょっと調子が悪そうだったらしいけど、夜には血中酸素も90近く戻り、熱も平熱になり、とても穏やかに見えた。

普通にいびきをかいて寝てるみたいで、このまま「喉乾いた~お腹空いた~!」って言いながら起きてきそうだった。



私は一緒にテレビを観たり、アルバムを開いてみたり、(最期に着る服を用意してと言われていたので)「お出かけ行くなら何着る~?これが良いかな~?あれがいい?お寿司食べに行きたいね~』と言いながら色々洋服を出して選んでみたりしながら、母に話しかけた。


なんだか穏やかに笑っているようにも見えた。




もしかしたら、奇跡が起きるかもしれないな。。。



そんな思いが涌く3日目の夜だった。。。














おかえり

今朝10時に病院に行って、退院の手続きやら支払いやらを済ませ、11時にはグループホームからストレッチャー付搬送車がお迎えに来てくれた。



看護婦さん達に手伝ってもらい、無事、車に乗り、担当医師も玄関まで見送ってくれた。
終止妙に冷めた医師だったけど、最後に一言「頑張ってね」と車に乗った私たちに小さく声をかけてくれた。





大好きなドライブ 
窓の景色は見えたかな 







グループホームに着くと、スタッフの皆さんが「おかえり~~」と迎えてくれた。


舌根沈下が起きてからはずっと呼吸が苦しそうで、常に横向きに寝かせていないと、舌が詰まって窒息してしまう。
救急病院では褥瘡を防ぐ為に、フカフカのベッドにたくさんのクッションを身体にかまして、二時間に一度は寝返りを打たせてくれていた。
たくさん管が入って可哀想だったけど、そういう見えないケアもしっかりやってくれていたんだと思う。



グループホームでは常時そばで人がみている訳ではないし、体位も日中は2時間に一度できるが、夜間は難しい。
着いてすぐ、訪問看護師さんが痰をとってくれたけど、病院のように苦しそうになったら、すぐ取ってあげるなんてこともできない。




大丈夫かな、、、



あ、、、なに気にしてるんだろう。
看取る為に連れて帰って来たのに、、






訪問診療の医師も、午前中の外来を終えてすぐ来てくれた。



「ご家族もお辛かったでしょう。」

と、まず労ってくれた。
電話でお話ししたときもそうだったけど、とても温かい。
穏やかにゆっくり話しかけてくれる。
それだけで泣きそうになる。





母の様子を診断して、
「もう何もせず、自然に任せてあげましょう。」と言われた。




「今の状態だと、痰を取りすぎても、その刺激がご本人の負担になり、点滴をしても、内臓が動いていないので、もっと苦しめる事になってしまいます。
それより、耳は聞こえてるかもしれませんから、たくさん話しかけてあげてください。手を握ってあげたり、喋りかけてあげる事が一番の緩和になりますよ。
それから、、(息を引取るとき)お母様はだれかがそばにいる前で眠りたいかもしれないし、もしかしたら、だれもいなくなってから、そっと一人で眠りたくなるかもしれません。どちらでもご本人の好きなときに眠らせてあげましょう。ご家族は何も気にしなくていいんですよ。ご本人が決める事ですから。それより、ご家族が根詰めて参ってしまってはよくないですよ。元気に見送ってあげましょう。決して無理をしないでください。」


お坊さんみたいに穏やかに優しく話してくれて、なんか胸につかえてるものがすっと取れた気がした





そうだ、いいんだ、、これで、、、







スタッフさんが
「テレビ付けようねー、サスペンスが大好きなんだよね~~~」と言って、大好きなテレビを付けてくれた。



管が全部取れて

私が持って来たクッションやら布団やらを身体にかまして

ようやく落ち着いて、私や馴染みのスタッフさんに囲まれて

心なしか、母がほっとしてるように見えた。








私はここ数日眠れなくて、、

一旦帰宅して遅い昼食を取ったら、なんかちょっとほっとして爆睡してしまった。。。。。




今夜はシャワーを浴びてからまたホームに行き、朝まで母のそばに付いている事にした。




「もーいいよー!そこまでしなくてー!あたしは平気だから、あんたは帰って家でゆっくり寝なよ!」

って言われた気がした。。。


うん、、、まぁ、今日ぐらいはね、そばにいさせてよ。





看取る勇気を。。。

いよいよ明日


母をグループホームに連れて帰る






6月中には転院するつもりだったのだが、週初めに呼吸が少し粗くなって来たので、あと2、3日かもしれないと言われたため、今週いっぱい転院を引き延ばした。






でも母は生き延びた。。。


もう駄目かも、と何度か言われつつも、母は生き延びている


心拍数130以上で2週間生きている


走り続けてるのと同じだよね。。




70歳過ぎても水泳をやっていて、2kmぐらい泳いでたから、プールでも「すごいおばあちゃん」と言われてた人だ。
1時間自転車に乗ってプールに行き、1km泳いで、また1時間自転車をこいで帰って来てた人だ。。



ほんとに心臓強い。。。。


それがいいことなのか、、
とにかく今は呼吸が苦しそうで、見ていて辛い。


このまま病院でいろんな治療してみたほうがいいのか、、、


ほんとうに悩む、、、







親御さんが同じような状態で亡くなった人はまわりに結構多い。
みんな「大体、3ヶ月くらいで亡くなったよ」って言ってた。。。



このまま療養病院に任せて、何かあったら連絡してくださいって言った方がずっとずっと楽。。。


母もその方が幸せだろうか???



無理な治療はせず、なるべく楽に逝かせてあげたい
温かく、人間らしく見送ってやりたい。。。



そう思うけど


看取るということは本当に本当に重い、、勇気がいる




でも、母が私の立場だったら

「なるべくお金がかからないやつにしようよ。手間がかからない楽な方にしようよ。もうさ、どうせ死んじゃうんだからさ、歳取ったら。。。だからいいんだよ。若い方が、生きている人の方が大事!どーでもいいけど、めんどくさいのは嫌だよ、あたしゃ!」

っていうだろうな。クールだからなぁ。


もし、母が私の隣にいたら、
「どうだったいいんだよ、私のことは。あんたの一番いいようにしな。あんたが一番楽なようにしなよ。私の事は気にしなくていいんだよ。大事なのはあんたの人生なんだから。」

っていうだろうな。間違いなく、、、。






倒れる前の母に戻れる可能性があるなら、、治療してみるけど、、



生き延びているだけの母なら、生かされているだけの母なら、、もう、、、、、


「格好わるい姿で生きたくないよ。人に迷惑かけてまで生きたくないよ。美味しい物食べられないんなら、歩けないんなら、やりたいことできないんなら、さっさと死なせておくれよ!」


プライドの高い母はそういう人だ。



そう、、、




でも不安。。。
とても。。。

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看取り介護

ご心配おかけしました。
エールを下さった方、死ぬな!と言ってくださった方、、ほんとにありがとうございます
バタバタと日々大変で、お返事出来なくてごめんなさい。。。なんとか頑張ってます。





病院の方は、救急病院ということもあって、とにかく早く出てもらいたい様子で、延命治療をしないことを了承してくれた療養病院を二つ紹介された。




一つは、ホームに入る前のかかりつけ病院で、家から近かったので、26日、とりあえずそちらに面談に行った。




入院病棟は新しく綺麗だったけれど、老齢病院なので、入院している患者さんはみな、重度の認知症や障害を持っている。
もちろん母もそういう症状ではあるけれど、、、、

なんか、、ここは、、、、、、本当に悲しくなる位、、、絶望的な気持ちになる。



それでも生きなければならないのか、、
人生最期の場所はここなのか。。。


「やだやだ!こんなとこやだ!あたしゃこんなとこ入るくらいなら死んだ方がマシだよ!」
間違いなく母なら叫ぶだろう。




入院費用は、母の場合食事も無いし、控除もあって、聞いていたより安く、月額15万くらい。
ただ、病院の方針としては、延命はしないとはいえ、中心静脈栄養は絶対ということだった。
面談はソーシャルワーカーとなので、それ以上の治療法は医師でないとわからず、医師によっては、経管栄養や胃瘻などをする可能性もあり、それは入院が決まって担当医が決まらないとわからないと言われた。
そこが、大事なところなんだけどな。。。
一度管を入れたら、もう抜くことは出来ないからね。



病院は基本、治療をするところなので、何らかの治療をしないわけにはいかない。
したくないなら、家に連れ帰るしかない ということだ。




家で看取る


昔なら当たり前のことだったかもしれないけれど、現在、同居していなかった母を入れる部屋もなく、そんな重いことを一人でできる知識も勇気もない。情けないけど。。。



で、、母が半年間過ごしたグループホームでの看取りを考えてみた。
自宅で一人では看取れないけど、介護のプロ達と一緒なら。。。



ホームで看取り介護をやっている事は、入所時に説明を受けていたので知っていたが、実際には皆さん未経験で、今の状態の母の看取りは、負担が大きすぎるだろうからなるべく避けるつもりだった。


でも、このまま栄養を与え続けて、何かの合併症になって亡くなるまで待つような入院生活、、、、
そんなのやっぱり、、、違うと思う!




医学的なことも、死のことも、私にはよくわからないけど、、

本来、人は死に近づいたら、食べ物を受け付けなくなり、飲み物を受け付けなくなり、衰弱して息絶える。
それが一番自然で、自然に任せることが一番の安楽死なのだそうだ。
身体はちゃんと、楽に死ねるようにできているのに、栄養を与えないと弱ってしまうとか、水をあげないと乾いてしまうとか、余計なことをするから、痰が絡んだり、感染症になったり、元気が出た分苦しみや痛みを感じてしまったり。。


もちろん、すべてにおいてそうとは言えないかもしれないけど、この話にはすごく納得できた。。。



母は、、、

点滴をあちこち刺して、痣だらけになって、だんだん刺すところが無くなってきた、、

手足がむくんできた。。。

経管栄養してから、熱が下がらなくなった。。

今週から舌根沈下が起きて、とても息が苦しそうになった。

昨日、息が苦しくていびきがひどいため、他の患者さんが眠れないとクレームが来てるので、個室に移ってほしいと言われた。

なんか、治療せずに居ることは、すごく迷惑みたいだ。。。。





先週、グループホームのスタッフさんに、それとなく看取り介護のことを聞いたとき、
「あー、、やってます、、やってますが、、施設長に聞いてみないとちょっとわからないですけど、、、」
と、正直ちょっと困ったような、自信なさそうな表情に見えたので、やっぱり、、悪いかなって思った。。

けど再度、施設長さんに現状を伝え、看取り介護をお願いすることは可能かとメールしてみたら、

「ホームではもちろん看取りを含めた訪問看護医と契約していますが、私たち自身は医療行為はできませんし、常時付きっきりで診ていることもできません。それでもよろしければ、出来る限りの介護はさせて頂きます。初めてで不慣れなことがたくさんあるかもしれませんが、、。笑顔で優しかったお母様が急にいなくなって、スタッフもみんな寂しがっていましたから、ホームに戻られたら、お元気だった頃と同じようにお声がけしながら、やれることを精一杯やらせていただきますよ。」と快諾してくれた。


なんかとってもあったかい気がした。。。

医療行為はなくても、温かい介護と仲良くして頂いたみなさんに囲まれて、自然に全うできるようにしてあげよう。

その方がいい。



ホームと契約している訪問看護医も、「ご家族も大変ですね、お気持ちはよくわかりますよ。余計な延命治療はしないで、患者さんがなるべく辛くないよう緩和ケアをしながら、自然に穏やかに逝けるように尽くして行きましょう」と言ってくださった。



すごい決意。。

転院(転所)は来週月曜。




今日、母に会いにいくと、病院の廊下に聞こえるほどの舌根沈下による大いびき。。。
本当に苦しそう。。。。来週まで持つだろうか。。。



病院側は、

ほんとに治療しなくていいんですか?
本当に(そんな不慣れな)ホームに戻していいんですか?
(管を外したら、絶命してしまうかもしれませんよ、、、)
ほんとにいいんですね?


そういわれると揺らぐ。。。

でも、、、




なんとか楽にしてあげる方法はないの?。。。

治療をした方がいいのか、、、、
治療した方が苦しいのか、、、、


気持ちはいつまでも揺れて、、、、


私も苦しい
















*CommentList

アミロイドアンギオパチー

簡単にいうと、アミロイドが溜まることで血管が詰まり、結果破裂して脳出血を起こしてしまうような血管障害。

知らなかったけど、認知症の人に多いらしい。


母も救急で運ばれた当日、ドクターからアミロイドアンギオパチーの疑いありと言われた。
検査の画像では脳の半分は出血で真っ白になり、それにおされて脳幹もずれてしまっていた。



この2、3日が山場ですねと言われて、諸々考慮して1週間、仕事も予定もすべてキャンセルして、もしもに備えた。





そして、一週間が経った。。。




母はまだ生きている、、、、




全く意識がないまま。。。。






アルツハイマーの人の脳はスカスカに空いていて、大出血した血液がまるでスポンジに吸い込まれるように脳に吸われて、そのままなんとなく安定してしまうことも多々あるそうだ、、、。



え、、、?






母は山場を超え、安定してしまった。。。
植物状態のまま。。。





最初の3日間、意識は無いものの、右手が動き、気のせいかもしれないが、手を握り返してくれることもあった。
まだ通じ合えるものがあった、、生きている母を感じることができた。



4日目、面会に行くと、鼻から管が入っていた。
鼻から管が入っているせいか、少し息苦しそうで、口を開けて、ガーガーいびきをかくように寝ていた。
手を握るととても熱くて、熱があるように思えた。
話しかけてももう聞こえてない気がした。。。



5日目、ドクターに「ここから先は別の病院、療養病院に転院してください」と言われた。
「あの、鼻から管が入っているのはなんなんですか?」と聞くと、「栄養を入れてます。でもほんの少しです。別に延命ではありませんから。」と言う。


え??何故?

母はこの日も鼻の管が苦しそうで、無惨な顔をしてガーガーと口を開けて寝ていた。

他の人には根拠が無いと言われてしまうかもしれないけど、、、
4日目から私は、そこに母を感じなくなった。
母の意識というか魂と言うか、、、なんか、、もう通じてない、
ここには母がもういない、、と感じるようになった。





療養病院。

家の方だと入院費が月額20万円を超える。
なんでそんなに高いんだろう?





延命治療はしないで!母も私も希望してない。
このまま静かに逝かせてあげられないの?
あの状態で生き続ける、生かし続ける意味があるの?



眼も開けない、喋れない、食べられない、水も飲めない、意識も無い。
もしプライドの高い母が、あちこち管を入れられて、口を開けたまま哀れな姿で横たわる自分の姿を見たらどんなに嘆き悲しむだろう。





病院側は「日本では尊厳死は認められていないんです。だから治療するしか無いんですね、ここではね。ここは救急(病院)ですから、手厚く看護しますから。転院先で相談してみたらいかがですか」




このまま、意識が無いまま、月に20万円以上かけて、高齢の母に望まない栄養を与え続けるの?


もし万一、目を覚ましても、左半身不随、嚥下障害、意識障害、認知障害で、自分が誰かも、私が誰かもわからなくなって、動くことも食べることもできないなんて、もっと不幸じゃないの?!

きっと普段の母なら「冗談じゃない!こんなんなら死んだ方がマシ!やめてくれ!さっさと逝かせてくれ!!」と大暴れするだろう。





どうしたらいいの?




6年の長い介護がやっと終って、ちょっと燃え尽き症候群だったけどそれも超えて、、、


やっとテニスにも復帰して、
やっと音楽活動再開に向けて準備を始めて、
自分の人生に戻れると思っていたのに、、、、



またこうやって、母のことに追われて、、




いったいいつまで続くの?




もう、、、
老人なんて、、


歳を取るなんて、、


絶望しかない



母が逝けないなら


私が死にたい








母に感謝を

こんな風になってしまうと、やっぱり後悔は付いて回る。


ホームに面会に行くと、
「美味しい物食べたい。。。」
「ここは退屈、、外に出られないし、、どこか遊びに行きたい、、外に出たい」

とよく言われたのに、結局どこにも連れて行ってあげることが出来なかった。。。

ホームでもイベントや買い物はあるんだけど、あまり記憶にないらしく、デイサービスでいつもあちこち連れて行ってもらっていた記憶が強いようで、母は毎日つまらないとぼやいていた。

もっと早く連れて行ってあげれば良かった。。。




実は最近「お金をちょうだい。お金を下ろして来て。買い物したいの。お金持ってないと不安!」と言われることが多く、ちょっと躊躇していた。
ホームではトラブルの元になるので金銭は持てない。
母には何度も「ここではお金いらないんだよ。持っててなくしたりするとトラブルになるからね。でもツケは聞くんだよ。欲しい物があったら娘につけといて!っていって何でも手に入るんだから便利でしょ」

と言って説得するんだけど、5分後にはまた同じ会話の繰り返しになるから、切りがない。




倒れた当日も、
「お金下ろして来て!お買い物したいの。ねぇお金下ろして来て。ぱ〜〜っといっぱいお金使いたいわー」と言う母に、
私はいつもと同じ説明を繰り返していた。

ただ、ホームでは大好きな揚げ物やお寿司などは滅多に食べられないので、「じゃあ、来週こそランチに行こう!」って決めたところだった、、、
もう少し生きててくれたら行けたのに、、、
もっと早く連れていってあげればよかった、、

悔やまれてならない。。。


来月は誕生会とか、母の好きな美術館への外出やら、ホームでのイベントも盛りだくさんだったのに。。。。


たった半年でこんなことになるなら、ホームに入れずに、大好きなスタッフさんがいる楽しかったデイサービスに通って一人暮らしのままの方がよかったのかな、、、。



色々色々、追いつめてしまい、、、、


いやいや、、もうやめよう。
これでよかったんだ、、

これでよかったんだ、、、、





それより、、、、母が逝ってしまう前に、言わなきゃ。。


ありがとうって、、


言わなきゃ、、、、





倒れた翌々日、意識がないまま横たわる母の耳元に

「ママ、生んでくれてありがとうね。本当に、、感謝してるよ。色々あったけど、、、いっぱいけんかしたけど、、、。
あなたはこんなとここなきゃよかったって文句ばっかり言ってたけど、こっちに来てよかったんだよ。本当はすごく幸せもんだったんだよ。一人じゃなかったんだよ。こっちに越して来てから、みーんなどうしたらママが一番楽しく心地よくすごせるか、いつも話し合っていたんだよ。みんなで協力して一番いい状態にしてきたんだよ。ほんとだよ。それは知っておいてね。だから幸せだったんだよ。私はママをとっても愛しているよ。どこにいっても。。。。だから安心して、ゆっくり休んで良いよ。。こんなこと、、、恥ずかしくて二度と言えないから、、、、今日だけだよ。本当にありがとう。。」



気のせいかもしれないけど、母は小さく手を握り返してくれた。。聞こえたと思う。


絶対に届いたと思う。





よかった。。。。。

これで思い残すことないや、、、(あたしが死ぬ訳じゃないけど、、、(^。^;)








そうして、私の気持ちも落ち着いて、、






ところが、、、、





ところが。。。。


延命治療

ここのところ夜はほとんど家にいたのに、たまたま小さなライブに出るため都内にいて、その後打ち上げ~~喉乾いた~~と目の前のビールをお預けにして、みんなが集まるのを待ってるときになった電話だった。。。


あー、、飲まないでよかった、、、、いや、飲んでおけば良かった、、、、


とにかく喉がカラッカラのまま、病院に駆けつけた。



まさか脳出血で倒れるなんて、、考えてもみなかった。。。。



血圧は高めだったけど、薬を飲んで安定していたし、健康診断の結果だって中性脂肪が高い位、、。

でもドクター曰く、脳はわからないんだって。脳ドックでもやらないと、血圧だけじゃわからないって。









実は、グループホームに入るときに、万が一のことがあった場合、延命措置をするかという書類を書かされた。

ほとんどの人がそうであるように、私も自分を含めて、母にも無意味な延命はしてほしくないと思ってる。
若いならともかく、母の場合、もう充分生きたし、寝たきりで食べられなくなって、栄養だけ貰って息をしてるだけなんて、本人も家族も辛いだけだと思うから。



でも、この延命措置ってどのあたりをいうか、すごく微妙。


「たとえば救急車を呼んでも、延命希望していないと、AEDとか何もせず放置される可能性もあります。
助かるかもしれないけど、手を出せず、みすみすそのままにされることもあるかもしれません。」と言われたら、、、

いや、、それはちょっと、、、できるならその位はしてあげてほしい、、、
助かるなら見捨てないでほしい。。。
やっぱり普通そう思う。


でもそれをやったために命が繋がったけれど、意識は戻らないことだってありうる。。
命は助かったけど、意識が戻らないなら生きててもしょうがないので、やっぱ殺してくださいというわけにはいかない。
助けたら、最後まで助けなくてはならない。動けなくても意識がなくても、、、、。



さて『どうしますか?』


と聞かれて、そのときほんとに答えに困った。
助かって元に戻って元気になるかもしれないし、駄目かもしれない、そんなのそのときになってみなきゃわからない。
でも延命措置をして蘇生したら、そのあと途中下車はできない。
母の歳を考えるとやっぱり、、、、と、さんざん悩んだあげく、
延命を希望しない
に丸をつけた。






で、今回、救急車で運ばれて、検査が終わって、まずドクターからの説明があったんだけど、長々とまわりくどい説明が多く、何が言いたいのかさっぱりわからない。。
母はどうなの?大丈夫なの???早くそれを教えて!!


つまりは、
「この紙があるので、なにもしてませんよ!こちらに運びましたけど治療も手術も一切してません。この紙がありますから!ここに延命希望しないと書いてありますから!!!!」

ということをまずとくと言われたわけだ。


そこまで言われると、私のせいで母を見殺しにしましたと言われてるようで切なくなるわ。



今は「なんで治療しなかった!なんで助からなかったんだ!」と食って掛かる家族も多いらしいので、ドクターの立場はよくわかるけど、、。
「私たちはどんな患者さんでも、たとえ末期のがん患者さんでも、助からないかもしれなくても、助かるようにベストをつくすのです。でも、この紙に希望しないと書かれていたので、何も治療していません!」という長い前置きの後に、やっと今の母の状態を説明された。



「いわゆる脳卒中。高齢で血管が弱っていて、あちこちで大爆発したような状態です。かなりの大出血です。」
脳の写真は右半分真っ白で、脳幹もずれてしまっている。。



で、、、、?
話はとまる。
そこから先は、紙がありますから。。。こちらは何も出来ません。指示してくださいということか、、、。




私は正直に自分の思いを伝えた。
何を持って延命治療と考えて良いかわからないこと、治療することで以前のようにとは言わないまでも人としての生活ができるならよいが、寝たきりになって食事もできないような状態で生きることになるのなら、治療をする必要があるとは思えないこと。。。でもなるべく苦しんでほしくないこと、、そのための措置はしてほしいこと。。


医者は立場上、「私たちは治療する機関ですから、どうあっても治療して行く方針です」としか言えないんだろうな。
私にただ現状のみを淡々と説明する。



「開頭手術をして治療したとしても、左半身麻痺は免れず、嚥下障害、意識障害も残るでしょう。これだけ大出血だと意識が戻らない可能性も高いです。」


高齢と認知症があるということも加味すると、もう手術などせずこのまま自然に任せた方がよいだろうと、私が決断せざるを得ない。


「どうしますか?」

と改めて聞かれ、
「治療はせずこのまま自然に見届ける形にしてください。ただ、出来ることならなるべく苦しまないようにしてあげたいです。」
「わかりました。この2、3日が山場ですね、、、」

ということで、特に治療はせず、酸素吸入と最低限の水分糖分点滴をして見届けることになった。









母が倒れた土曜日は、二ヶ月に一度の家族会があって、日中、2週間ぶりに母に会っていた。
すこぶる元気でよく笑い、一緒におやつのアイスクリームを食べ、来週には念願のランチに二人で行こうと話したところだったのに、、、、

その日の夕食後、スタッフさんが母の部屋に行くと、すでに倒れていたそうだ。。。



グループホームに入って半年。
私はゴミ屋敷との格闘を終え、母をホームに入れた罪悪感を越え、母もやっと慣れてきて、
たまに「こんなとこ退屈だ!どこか遊びに連れてってくれ!美味しいもの食べに連れてってくれ!」と駄々をこねることはあったけど、スタッフさんとも仲良くなって、笑顔も増えて、、これからもっと楽しくなりそうってときだったのに。。。




まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。。。。。









母危篤、、

いきなり、、、


母が倒れて救急搬送されたと電話が、、、



私が出かけてる時に限って、連絡がくる、、


病院に着いたのは22時すぎ。


脳出血、、、、


*CommentList

出産祝いさ〜

パンダ好きの生徒さんに貰ったーパンダカステラ〜可愛い〜〜



出産祝いさ〜〜〜って
こんな時間に食べちまった~


あ〜〜甘いもん美味しいー


三崎マグロ切符

断食する前のことだけど、ずっと気になってた、三崎マグロ行ってきました



品川から3060円で、三崎口までの往復切符と三崎口からのバス乗り放題と、30店舗から好きなマグロ料理を食べて、その上もうひとつ何かしらの施設利用が無料!というかなりお得な切符




私は、三崎港のマグロ食堂七兵衛丸でお勧め刺身定食(1500円相当)を食べ

  (ごめん、一切れ食べちまった、、)


その後、バスに乗って城ヶ島まで行き、馬の背洞門までウォーキング




そしてバスで三崎港に戻って、乗り換えて、油壺観潮荘でま〜ったり温泉に浸かりました。






京急はほとんど乗ったことがないので知らなかったけど、
普通の快速で特急みたいな前向きシートの電車に乗れるのねん
速度も速いし、ちょっとした旅行気分が味わえるのねん
ビールでも飲みながら乗りたくなるねん、、、、





三崎口駅からバスに揺られて程なく三崎港。。


食べるお店はいっぱいあるから、予め目星をつけておかないと、どこがいいか迷ってしまいます。。
(ネットでも見れるし、京急の駅にもパンフがいっぱい置いてあります)


平日の昼なのに結構混んでたから、良い町おこしになってそう、、、



うらりという土産物売り場の前からでてる、水中観光船も魅力だったんだけど、、ま、やっぱとりあえず温泉かね。。

ここの土産物は、、、うーーん、、
欲しいと思うようなものは結構高かったかなぁ、、、
安いブツとかはやっぱりそれなりだし、、ここだから安い!珍しい!ってのは見つけられませんでした。。
まぁ時間によるのかもしれないけど、、。




城ヶ島はわかーいころ結構ドライブで来てた気がするけど、久しぶりに歩くと結構楽しいね。
時間があったら、公園や灯台の方まで散策するのもよいかも。






あ、、バスは乗り放題とはいえ、都内ほど本数は多くないので、バスの時間を見てそれに合わせて行動すべし!
城ヶ島の後、夕方行った観潮荘のある油壺、油壺入口っていう手前までのバスはあるんだけど、油壺まで入って来てくれるバスは少なかったから、帰り、結構バス待ちして湯冷めしちゃいました。。。(風呂上がりに散歩しながら、どこかめぼしい店で一杯と思ったけど、全部閉まってて何もなく、バス停の椅子まで片付けられてて、さびしーーい気持ちでバスをずーっと待ってました、、




観潮荘というホテルは結構古いしぶい感じでしたが、、
温泉は、ちょっとぴりっとくる海水泉。
小さな露天だけど、海が見渡せて気持ちがいいです。
浴用タオルだけ、無料で貸してくれます。




これで3000円ならすごくお得だと思います~


ただ、家は京急の駅まで遠くて、行きは良かったけど、帰りは夕方のラッシュにぶつかり、帰宅するまでにへとへとになってしまいました~~。。。


油壺マリンパークなんかも入れるし、ファミリーにもおススメよ~~


断食最終日&後記

翌朝も6時起床、すぐ二階にあがりお祈りと瞑想。


実は前夜はひどい頭痛で辛かった~
木村さん曰く、塩分不足で頭痛になるらしい。
塩分不足なんて、日頃絶対あり得ないけど、そういえば、今回の断食では塩分ほとんど取ってない。
手元にもないので、常備してる鎮痛剤飲んじゃったけど、断食するときは塩をひとつまみ持っていた方がいいかもしれないです。




さて、今日は遠出ということで、朝の体操をカットして(やった!)、瞑想後に朝食(いつもリンゴと人参のスムージー)を摂ってすぐ出発


今日は新客がだれも来なかったので、昨日と同じメンバー
人数が少ないし、ちょっと特殊な環境と天津木村さんの軽やかな喋りのおかげで、みんな妙に打ち解けて、仲間同士の旅行並みに楽しい雰囲気となった。


わさび沢、浄蓮の滝、天城トンネル、、、どっかで聴いたよ~な名所を巡り歩く。



そういえば、天城トンネルのなかで、天津木村さんがまじめな詩吟を詠ってくれて、それがと~~っても良かったんです
長ーいトンネルで倍音が複雑に反響し合って、ものすごく深い響きになって、大きな大きなお堂の中のように神秘的で荘厳な雰囲気になり、その場がすごく浄化された気がしました

朝のお祈り(道場長が詠うお経みたいの)のときも思っていたけど、日本独特の和音階の動きって、心が静かになって行く気がする。。。本当に美しいと思う



この日は広く回ったけれど、山登りほどきつくもなく、お喋りをしながらのんびりだったので辛さを感じず、楽しいハイキングのようでした。


お昼は木陰でいつもの玄米プチおにぎりと生姜湯。わさび沢で買ったわさび味噌を、少しだけ付け足してもらって。


一通り回ると、今日も帰りにホテルで日帰り浴をして(あーホテルの名前忘れた!)、車で道場に戻り、私はそのまま名残惜しみながらも、みなさんにと別れて帰路につきました。



(むふふ、、不器用なピースの道場長さんも一緒に記念撮影)

(天津木村さんのブログに食事の写真等あるので、興味があったらこちらを見てみてね
『天津・木村オフィシャルブログ』





断食中、「意外と食べなくても平気なもんだなぁ~、、。帰宅しても食べないでいられそう。、、しばらく断食続けよっかな~~」なんて思っていたけど、帰ってくるに従って、すごくお腹がすいて来て、駅に着いたら、しっかりスーパーに寄ってました。。。

あっという間に普通の生活に、、、何事もなかったように馴染んでます。。。
まぁ二泊三日くらいじゃそんなもんか。。。





【合宿後記】

ここの合宿は半断食なので、断食自体は全然つらくなかったです。
ぼんやりしている時間がないので、余計なことを考えなくて済むというのが大きいかも。
ただ、この食事量での山登りやウォーキングは、決して楽ではないです。
初日、先輩女性にとって四泊目の11kmウォーキングのとき、「結構ふらふらするわ~」と言ってましたから。

このウォーキング等はあくまでオプションなので、自由参加。無理して行く必要は全くなく、自己責任で参加。
なによりオプションというくらいですから、有料なんです!(ここ注意!)
宿泊費は8000円だけど、オプションは2500~4000円位で、プラス温泉は実費だから、なんだかんだで一泊12000円前後かかります。
最終日、オプションだけ参加した私は、夕方チェックアウトの延長料はないけれど、オプションと温泉代で約5000円かかってます。
もちろんオプションに参加せず、じっと籠れば8000円。
でも、テレビもないし、やることないと退屈で食べ物のこと考えちゃいそうなんで、大抵みんな参加してるみたい。



もう少し出せば、もっと綺麗なところにいけるかもしれないけど、

愛想やサービス、綺麗さは望まない。
完全断食ではない。
オプションは有料で結構ハード。でもなかなか個性的で種類が豊富。自然が豊かで楽しめる。
自腹だけど、毎回違う温泉に行ける。


ってので良ければ、お勧め出来ます。
お祈りはあるけど、宗教に勧誘されることもありません(笑)






断食は少なくとも4、5日、一週間やると本当に見える世界が変わると言われているので、いつか1週間くらいやってみたいけど、完全断食はやっぱり無理だな、私は。
木村さんは、個人で完全断食3日を定期的にやっていて、今回初めて、こういう他の断食というものを経験してみようと参加されたそうだけど、完全断食は3日でもすごくきついって仰っていました。

ここなら、オプションを無理しなければ、一週間位できそうな気がしますわ。




それにしても、ここに来る人達はみんな痩せてる。
初日一緒だった先輩女性もリピーターで、今回は4泊5日、私が来る前日までは7人くらい宿泊客がいたそうだけど、
「私、ここですごく太ってる人って見たことないんだよね。貴方も別に太ってないよね?なんで来たんですか?」と聞かれた。そういう彼女も太ってるどころか痩せていた。


その先輩は、痩せの大食いで食生活が乱れて来たから、見直す為に来たと言っていたし、天津木村さんも職業柄食生活が乱れるので、定期的に断食をしたりジョギングをしたりしてるそう。
私も、「太った~~痩せなきゃ!」はあるけど、なんかリセットしたくて来たに違いないし、禁煙目的で来る人もいるみたい。
うーーんと太っちゃう人は、むしろこういうところには来ないのかもね。。。。





んで、肝心の、、痩せたかってーと、、、
ゆっくりしてる時間がないとか、トイレが共同とかで、ずっと便秘してたので、家に帰って下剤を飲んで、1.5kg減ったかな~ってとこでした。


まぁ、通常より2kgも太って、1.5kg減ったけど500gはもう戻ったので、まだまだダイエット日々は続きそうです~






でも今回の断食合宿で学んだこと。。。
ちょっと気持ちが変わるだけで、物事は簡単にハッピーになってしまうんだ~~、、
おんなじ景色が華やいで見えたり、辛くて憂鬱だと思っていた事が何でも無くなったり、、、、
つまんないと思っていた道場長のお話にげらげら笑ったり、、、(笑)


笑っているだけで、ネガティブな心が変わっていくだけでなく、楽しいと思える気持ちや行動が、まわりの人や状況すらも変えて行くんだなぁって、今更ながら本当に痛感しました。

後半の私は、気張ることも凹むこともなく、とてもナチュラルに楽しい気持ちで過ごせました。



人を笑わせることが大好きだと仰っていた天津木村さん、芸能界では色々あると思うけど、、、
テレビでもなく仕事でもない、、こんな風に何でもないところで何でもない人達に、笑いとハッピーを振りまいてくれたことに感謝



あたしは、、、、、見た目全然変わってないけど、、


行く前より少しだけ食生活に気をつける気持ちができたことと



何より、、、


ポジティブな気持ちが戻って来たことに感謝





それでいいね






断食合宿二日目

翌朝は6時に起きて、そのまま二階に上がり、朝のお祈りと瞑想。

とにかく寒い。
井の頭公園に本殿があるって言ってたかなぁ、、ここでは女子部屋の二階に神様が祭ってある。
玉光神社だって。
神社だからお経じゃなくて祝詞??
私たちは聞いているだけだけど、仏教と違って、お祈りの言葉が日本語だからわかりやすい。



瞑想の方は、、、自分も時々やってるんだけど、いつもどうしても眠ってしまう。
どうしたら眠らずできるのか教わろうと思っていたけど、、、
教わる間もなく、今日も眠った。。。。



お祈り瞑想が終ると、隣の棟に行って、今度は経絡体操。
ツボ押し棒みたいなものを使って、経絡に沿ってマッサージをすること1時間、そして体操。



先生はやっぱりぼそぼそしゃべるので、よくわからないし寒いし、、相変わらず床座りすると腰が痛いしで、、昨日先輩女性が、「朝のお祈りと体操は憂鬱」と言ってたのがなんとなくわかる、、。
眠いし寒いし、、ま、ウォーキングみたいに楽しいもんではないかな。。「早く終ってくれ~~~ぃ」と願う時間。。。




9時頃やっと、朝食にありつける。
朝食~~~ったって、リンゴと人参のスムージー一杯だけ。


でも、、、美味しい




今日で先輩女性はチェックアウトして帰り、新しく2名来ますと言われた。
何にもわかってないのに、今日から私が先輩女性だ、、、、



昨日のオプションはノルディックウォーキングだったけど、今日来る人たちが、もし山登りがいいと言ったら、山登りはできるかと聞かれた。。。
そんなん、、山登りってちゃんとやったことないし、どの程度のものかわからんし、良いとも嫌とも言えず、「みなさんに合わせます。もし山登りならゆっくり着いて行きます」と答えておいた。

10時20分ころには新客が来るので、用意をして待っておくよう言われ、つかの間の休憩。





ところが、新客はかなり遅れて11時頃到着。

二人来ると聞いていたので、昨日まで居た日当りの良い広い部屋を譲って、自分は暗い部屋の方に移動しておいたんだけど、若い女性一人しか入って来なかった。

「あれ?もうお一方はまだなんですか???」と聞くと、「あ、いえ、、もう一人は男性だから、別棟です」
「あ、そうなんですか、、、、お連れの方?」
「え?全然違います。私一人です。」


あー、そうなの、、、男の人が来るって珍しい。。。。。ほとんどが女性って聞いてたから。
じゃあ今日は男1人女2人なのね。




オプションは、もう時間もないからと、有無も言わさず山登りに決定。



あー、、体力のある男性が来たから、今日は山登りなんだなー。。。
なんて思いながら、軽く挨拶をして、昨日先輩女性が座っていた運転席の真後ろに私、私の後ろに男性、一番後ろに若い女性が座って、道場長のハイエースは一路山登り起点に向かって走り出した



どうやら、若い女性がうっかり快速に乗ってしまい、最寄り駅を通り越してしまったために到着がかなり遅れたらしい。
男性は関西の人かな?
明るい二人の新客の会話は楽しく入れたけれど、相変わらずの道場長のぼそぼそのお相手が全然できずに困っていたら、関西男性がこの車のミッション?「珍しいですよね~」なんて道場長に話しかけると、嬉しかったのか、それからしばらく二人で車の話をしていた。
やっぱり男同士のほうが話は盛り上がるのだな~、、会話はおまかせしちゃおう!、、、、
ってかこの男性、聞き上手喋り上手だなぁ。
振り返って見ると、以前どこかで会ったような親しみのある笑顔、、、、営業マンかな。





登山起点につくと、目の前に、まず神社に続くなが~~~~~~~~~い階段。

「まさか、これ登るんじゃ、、、、」
「これ登りますよ!」
「、、、ですよね~~~、、山登りですもんね~~~、、、」


はぁ、、、昨日のノルディックの筋肉痛と、半断食のおかげで、ちょっと気力体力ないけど、、頑張るしかないわ。
今日で最後、今日で最後!あ~~明日の今頃は~~僕は汽車の中~~だもんね。。



長い階段を登った先の小さな神社にご挨拶をしたら、そこから先は、道無き山を登って行く。





ひぇ~~、ほんとに登山なんだ~~~。。
今まで自分がやった山登りは、少なくとも道っぽいものはあったぞ。
泥濘った土に枯葉がたくさんかぶった急な斜面、、、、草や枝をかき分け登って行く。
滑ったらただじゃすまんぞぉ、、、

私と若い彼女はポールを持って登ってるけど、営業マンは「昨日は八ヶ岳に登って来た」というだけあって、ポールも持たずにニコニコしながら「危ないから僕が一番後ろに行きましょう!」と言って私の後ろに付き、楽勝で登ってくる。。。すごいなぁ。


振り返ると、急な斜面に眼がくらむので、とにかく前を向いて頑張る、、、(もー足が上がらんのよ)
時々足を滑らせ冷や汗、、、、怖っ、、、まだ死ぬ訳にゃーいかない。。




そのうち、道場長が営業マンに

「仕事は何をしてるの?」と聞いた。

(営業でしょー、、、、、)女二人。

「あ、、芸人です。」

「はぁ???芸人???」

一瞬皆止まって、後ろの営業マンを振り返ってみたけど、、、、

あー芸人さん、、、、そりゃ大変ね、、、、的な感じでまた登り始める。


「へぇ~、、なんて名前でやってるんですか?」と私が聞くと

「天津木村です。」


「え~~~~~っっっっっっ?  あ、あの、、(吟じますっ!)エロ詩吟の?」

「はい。」



あ~~あ~~、そうなの~、営業マンじゃなかったのねん。
知ってる知ってる知ってます、どこかでお会いしたような気がすると思ったら~~、、
お笑い好きの私が知らないはずないじゃありませんか~~

そうなんだー、このテンポのいい喋りや小気味良いツッコミは芸人さんだからなのかー。



最初遠慮がちだった彼のツッコミも、素性を明かしてからは、どんどん出てくるようになり、遅刻の彼女は沖縄出身と明かしてから、天然本領発揮しだし、どーでもいいことをぼそぼそ長ーく喋る道場長さんの話さえ、容赦ないツッコミのおかげで、もっと喋ってほしくなり、、、、
私の前後を飛び交う会話のおかげで、なんか空気が変わった気がした。
重い気持ちも疲労も、軽い会話で昇華していく感じだった




ほぼ登りきったところにある公園で昼食。



鳥のさえずりに心地よい風。眼下に見える海。
本当に気持ちがいい

昼食は、、、、、

今日も玄米プチおにぎりと生姜湯だけど




下りは緩やかな林道を歩く。(登ってきたとおり下りるのは無理よ、、あたし転がり落ちる)

下山中、、私もボケてるけど、私を上回る天然の彼女と、突っ込みどころ満載のピュアな道場長は、天津木村さんの格好の餌食となり、おかげで私はずーーーっと笑ってました


とにかく、場の空気を読むのが上手いし、聞き上手乗せ上手。
人間観察が好きって言ってたから、そういう関係もあるのかもしれないけど、すごく頭のいい人なんだと思う。




この日の温泉は、湯河原の上野屋という旅館の日帰り浴。(入浴料1000円)
昭和の趣きある旅館の小さな温泉。



「不倫っぽく撮って~~」なんてリクエストにも笑顔で乗ってくれた天津木村さん。






でも全然、不倫っぽくないわ~~~あはは。。





帰るとすぐにヨガ。今日のヨガの先生は明るくてわかりやすい先生だった。
質問を聞いてくれたり、ひとりひとりまわって丁寧に教えてくれた。



ヨガが終ればすぐ夕食。

いつものサラダと、今日は豆乳。



そして食後は3人でヨガの復習。。





明朝10時にチェックアウトして早く帰ろ~と決意してたけど、私も参加するなら明日のオプションは足を伸ばして、天城峠のトンネルと七滝めぐりにするという道場長の詔に、二つ返事で夕方チェックアウトに変更したりか姫でありました。






断食合宿初日

断食合宿って、ネットで調べると結構あるんだけど、「ご飯ついてないのになんでこんなに高いの?」ってほど高いんだよね。
特にホテルでやってる断食合宿とか一泊2~4万する。
えーー!そんなに払うんなら、美味しいもの食べたいわ!と思う私、、(^。^;)


だから綺麗じゃないけど、一番安いとこにした。
仕事もあるし、ちょっと怖いのでお試し二泊三日。


そこは完全断食じゃなくて、朝昼晩少しだけ食べられる。
まぁ、見掛けによらず身体の弱い私にはこのくらいでいい気がする。





断食初日


朝、豆乳バナナプロテインを飲んで、いざ出家!、、、、、、あ、いや、家を出ただけです。。。


結構早めに出たんで、途中駅の待ち合わせで、おにぎりの一個位食べて行けるかと思いきや、電車が事故で遅れた為に、思い叶わずぎりぎりの到着。。。。
あ~、、それだけでちょっと寂しい気分、、




たどり着いた宿泊施設は、山の上の、いかにも道場!これから修行!と言う感じの建物。。

対応してくれた人はほぼ愛想もなく、私を女部屋に案内すると、
「あとは彼女(先に泊まってる人)に聞いてください」と言って行ってしまった。
先に泊まっている彼女はリピーターで、今回は4泊しているらしい。
「私もよくわからないんすけどね、まぁ、ここは特に説明ないから、先輩に聞けって感じっすかね、、、」と言いながら、トイレとか洗濯機の場所を教えてくれた。
女子は、4、5人ずつの相部屋をガラス戸で二つに仕切ってある。
どちらも古い畳部屋で、ムカデも蜘蛛もいらっしゃるような、The 合宿部屋。もちろん布団は自分で敷くのよ。
幸いこの日は二人きりだったので、一人一部屋ゆったり使えた。



さて、ゆっくりする時間もなく、荷物を置いてすぐに、ウォーキングの準備。
この日は、その先輩と二人で箱根まで11km、ノルディックウォーキング。

道場長の車に乗り、道場よりもう少し山の上の方まで行く。
車中、道場長が色々話していたが、声が小さくぼそぼそ話すし、恐ろしく古いハイエースは、まるで船のエンジンのようにうるさく、私にはさっぱり聞こえなかった。それでも先輩女性は、「あー、はい、そーですね。」などとうまく会話をしていた。



程なくして、『ここから道なりにまっすぐ歩いてね」とぽんと車から下ろされる。

ノルディックのポールの持ち方もよーわからんのに、なんとなく教わって、なんとなくトレッキングシューズなんか借りて、なんとなくそれっぽい気分で歩き始めた。




車が通れるほどの林道だけど、ほとんど車も人もなく、なんか気持ちがいい






道場長は私たちより先を車で走っては、時々止まって待っていてくれる。



途中、道場長が「これ美味しいんだよ」と言って、桑の実や木苺を取ってくれて、2、3個つまんで食べながら、歩く、、歩く、、ひたすら歩く。。



だーいぶ歩いて、12時もとっくに過ぎた頃、、、先に待ってる古ーいハイエースの窓から、ぬっと手が出てきた。
その手先に何かを持ってるのが見える。
「あー、今日のおやつのプルーンだ」と先輩。


わ~~い!わんわんわん!!嬉しい~~おやつだわ~ん
って、なんか、犬になった気分で、種ありプルーン二個を手に取ると、いつもならパクッと頬張る一粒も、ねずみのように少しずつかじり、種がきれ~いになるまでしゃぶりつくした。。。あはは~、なんか変な気分。



でもまぁ、疲れも空腹も、自然が綺麗だからあんまり気にならない。



14時頃にようやく昼食。
お昼は木陰に座って、玄米プチおにぎりと、生姜湯。
どちらも塩味がないので、「あ~せめて生姜湯に醤油か塩いれたら、美味しいのになぁ~」と思いつつも、黙々食べる。



道場長と先輩がなにか会話してるけど、二人ともぼそぼそ喋るので、何を喋ってるのかよくわからず、なんとなくニコニコして「へぇ~~」とか「はぁ~~」相づちを打つ。



そしてまたひたすら歩いて、全部で4時間位は歩いただろうか、、
「後は下りるだけだから」という地点で、先に待っていてくれた道場長の車に乗って、下山して日帰り温泉箱根の湯に

この日は時間の余裕があったらしく、90分くらいゆっくり入浴させてもらえた。


帰ったらすぐ夕食。

女部屋と食事室とヨガの部屋は全部棟が違うので、いちいち移動しなくてはならない。(といっても隣同士だけどね)


食事はだだっ広い畳の間。
座卓がながーーーく連なった端っこに二人向かい合って座った。


夕食は思ったより大きなお皿にいっぱいの野菜と納豆。
ドレッシングは手作りでやっぱり塩分控えめ。
ほとんど味が無いけど、素材の味は味わえますわ





食べ終わって、部屋に戻り、荷物の整理をしてるうちにヨガの時間。
ヨガは外部から先生がくるらしく、今日は先生の都合で食後だった。




ヨガは家で毎朝やってるけど、ちゃんと習ったことないから、楽しみだったんだけど、、、、
う~~ん、、、、
自分が教える仕事をしているせいで、どうも教え方とか気になっちゃう、、悪い癖。。


しかも、山の上のせいか、思ったより冷え込みがきつく、湯冷めもあって、寒くて寒くて、、、
床に座ると腰痛も酷くて、、、
「あ~~~早く終ってくれ~~ぃ!」と願うばかりのヨガと瞑想タイムでした。



でも思ったより、空腹感に苦しむこともなく、バタバタと忙しく過ぎて、21時には疲れて布団に入り、あっという間の一日。



ただ、、、
こういうところに慣れない自分には、古いし汚いし、虫が多いし、暗いし、みんなぼそぼそ話して愛想ないし、なんか気持ち沈むよなぁ、、、、、
ま、仕方ないかぁ、、遊びに来た訳じゃないんだし、修行っちゃ修行、合宿だもんね、、
ほんとは三日目もオフなので、夜まで延長しても良いかな~なんて来る前は思ってたけど、やっぱり10時にチェックアウトして早く帰ろー、、




、、、、ってな思いを打ち破るようなことが翌日起こるとは思いもせず、、、



早く床に就いた割には、疲れすぎて眠れず、憂鬱な朝を迎えるのであります。


つづく。。


断食合宿行って来た!

この数十年、、ずっと頑張って来て、、、、
講師と作曲と舞台の稽古に追われて、盆と正月しか休めない年もあった、、、
でも、好きなことだったから全然辛くなかったけど、、、

2010年、母の様子に気づき、ゴミ屋敷実家から母を連れだし、
すべての事を減らして認知症介護に向き合い、苦しみながらもなんだかんだ追われて過ぎた日々。



それもやっと去年で終った。

今年、ようやく自分の時間ができて、さぁ〜〜今までの分も取り戻して頑張るぞ〜〜!と思った、、




なのに、、、、なんかおかしいの。




浦島太郎が箱を開けたときのような、、

急に老け込んでおばあちゃんになっちゃったみたい。


母が祖母の介護を終えたときもそうだった。。。。
すごく白髪が増えて、びっくりするほど歳を取って見えた。


私もおんなじことが起きてるのかな。。




今まで私はどこでなにをしていたんだろ、、、、
なんだか自分が、時代に、世の中について行けてないような感じ、、
虚無感、孤独感、焦燥感、、そして無気力。。。。



燃え尽き症候群???



やりたいこと、やらなきゃ!と思う気持ちに、気力や能力、体力がついてこない、、
頑張りたいけど頑張れない。


そんなストレス発散は食べるか呑むか、、、



気づけば、体重が大人になって最高記録更新中!!





これはまずい、、、、負のスパイラルだわっっ、、、、



と、結構悩んで、、このままでは自己改善できないと判断し、思い切って申し込んだ断食道場!!!



少し痩せなきゃ、、もあるけど、食生活の見直しやら、デトックスやら、リセットやら、

なんでもいいや


とにかくちょっと転換出来そうな気がする、、、
と思って、行ってきました!


ん?
言い訳が長くなったから、合宿日記は次ね!

嗜銀顆粒性認知症

実は、レビーとアルツハイマー型は知っていたけど、嗜銀顆粒性認知症という言葉は初めて聞きました。
これを診断できるお医者さんがどのくらいいるのかなぁ。。。



家の母は、検査でアルツハイマー型認知症と言われたけれど、実際のところ、どのくらいちゃんと調べたのかよくわからない。
確か、最近病院にMRIの機械が入ったって聞いたから、母のときはCT検査だけだったんじゃないかと思う。(結構適当だなと思うことが多かったので、私はあまりこの病院を信用してないの(^。^;)
でもまぁ検査し直したところで、どのみち特効薬があるわけでなし、、今はもう落ち着いているからいいんだけど。。。






脳には記憶だけでなく、知性や感情や指令や、、ものすごくたくさん司ってる場所があるから、病気や損傷を受けた箇所によって症状も違ってくるだろうね。
嗜銀顆粒性認知症は攻撃的になることが多いみたいだけど、、詳しい人がいたら教えて欲しいわ。






嗜銀顆粒性認知症については、コメントを下さった方がいらしたので、調べてみたけど全然わからなくて、、何の参考にもならないことしか書けなかったけど、、、。
これを読んだ人が、そういうものがあるんだってことを知るだけでも意味があるかなと思って、タイトルにしてみました。

おかしいなと思ったら、認知症にも種類があることをふまえて、しっかり診てもらうようにしてください。
アルツハイマー型は今のところ、完治する手だてはないけど、レビーは手術で治ったりするから。




コメントを下さった方に感謝です

要介護2までは特養に入れない法律に国がしてしまったおかげで、家族の負担はとんでもないことになってると聞きます。(しかも結構特養も空きがあるらしい)
本当に!認知症の初期が、ある意味で一番大変なのに!

少しでも多く介護サービスを利用して、休む!楽をする!、、自分を責めない!
絶対一人で抱え込まないようにしてください。


*CommentList

物の処分 実家の引越後記

引越後記を書こうと思ってだいぶ経ってしまったーーー。

厳密に言うと、実家ではないし、引越でもないから、母の借りてた家を引き上げた後記なんだけど、ゴミ屋敷だった実家から、ほぼそのまま荷物を全部持ってくるはめになってたから、結局は実家の引越と大差ないのよん。



母を年末、ホーム入所させ、借りていたところを退去するまで二ヶ月の猶予を持って、ゆっくりやろうと思ったけど、意外とそんな余裕はなかった。




とにかく物の多いこと多いこと~~

実家というものはそういうものなのかもしれないけど、私が生まれた時、いや、生まれる前から蓄積された色々な物達、、多すぎて、思い出も思い入れも、高価な物もゴミも、訳わからなくなっちゃうんだろうな。
私ですら、これらを一気にぽいっと捨てられたらどんなに楽だろうと思いながらも、簡単にはできなかった。

一つ一つ手に取っては、思い出したり、母の思いを感じたり、、
まだ亡くなったわけではないから全部捨てる訳にもいかないし。
まぁ捨てるにせよ残すにせよ、ゴミも細かく分別しなくてはならないので、やたらと時間がかかる。

本当にこれがもう少し続いたら病んでいただろうと思う位大変だった。。


何より、リサイクル!リユース!高価買取OK!!と言っても、現状そんなうまくいかず、ほとんどは、もったいないとおもいながらも処分せざるを得ませんでした。

いつか使うかも、、、子供に残してあげよう、、、と思っている物も、結局は処分の手間になるだけだったりするかもよ。
もうあたし、、、これに懲りて、本当に必要な物、どうしても欲しいもの以外余計な物は買わなくなったもの。

処分するのはほんとに大変。。
お金も時間もこころも削るよ。



もし今後、実家の整理をする可能性のある方は、、少しでも参考になるかな。。。




【家具の処分】

家具は地域のゴミで出すと粗大ごみなので有料。
引取りに来てもらえるけど、玄関の外までは自分で出さないとならないので、クローゼットや食器棚、本棚等2m近くあるし、ソファーやレンジ台など大型家具が多くて、全部出すのはちょっと無理と判断。。
古いけどそんなに汚れてないし、リサイクルに出せないかと思案してネットで検索。

でも!!!
ネットにある、【家具高価買取】なんて、まったく当てにならないよー!
「あなたのいらないものでも、他の人が必要としています!見積もり無料!!高価で買い取ります!」
な~んてのも何社か当たったけど、家具を高価で買い取るってのは余程高価な家具とか、ほぼ新品じゃないとだめらしい。
一体何なら高価で買い取るっていうのかしら?って疑うほどでした。
ネット見積もりでは、何を買い取ってほしいのか書くんだけど、返信はほとんどなし!
たまりかねて電話したところは、「あ~無理ですねー、あ~~それも買い取れませんね~~、あ~うちでは無理ですね~」って感じでした。
宣伝は大々的だけど、ほぼ売り物にならない=粗大ゴミ 興味無し、返信無し です。

高級家具を持ってらっしゃる方以外は、お金を払って引取ってもらうしかないみたいです。
母の時代の中途半端な昭和の家具なんて、買ったときは少々良いものだったとしても「ケッ!」って扱いでした。


家具引取会社もいっぱいあって、値段はまちまち。2tトラック一台分で5~8万位。
引越業者と同じで、無料見積もりに来てもらったが最後、「今決めてくれればこの値段(交渉の余地ありの値段)にするけど、明日以降(他社と比較する)なら、定価です!」になるので、あちこち比較するなら、来てもらう前に資料のみでやったほうがいいです。
私はネットやチラシで、大体の相場を調べて、『2tトラック一台分』で一番安そうで、作業員が2人のところに見積もりに来てもらったけど、クローゼットなど大型家具があると、屋根付2tトラックじゃないと駄目ですと言われてしまい、思っていたより高価になってしまった。(そういうことは詳しく書いてないんだよ、ずるいよね。)

で、他に変えるよりは、しぶとく交渉して6万にしてもらい、そこに決めました。
予定より高く付いたけど、当日の作業員が2人(人数で金額が変わるところも多い。1人しかこないと、私も手伝わなければ一人では運べないと思ったので)であることと、営業交渉に来た人が、当日も作業に来てくれるということが決め手になりました。
引越のときもそうだけど、営業の人と作業員と全然感じが違うので、話が違う!ってことにならないようにです。

当日、その人と他2人来て、「詰めるだけ詰め込みます!」の約束を守って、本当にパンパンに積んで、あっという間に持っていてくれたので、部屋を占めていた家具、家電、かさ張っていた大きなもの(布団、大きな雑貨類)が無くなって、だいぶ気持ちが楽になりました。


家具一つ一つ、ジモティーやリサイクルで買い取ってもらうのが、一番安上がりかと思うけれど、実際そこまでの時間と気力はないもんです。
片付けに行っては、物の多さに途方に暮れて、分別だけで日々が過ぎて行き、もはや、お金を払ってでも一刻も早く終らせたいという気持ちでいっぱいになっていました。
家具がなくなるとすっきりします。




【本】


段ボール30箱以上あった本。父も母も本が好きだったので、押入れ1間分もありました。
私も大好きな手塚治虫と石森章太郎のマンガは我が家の倉庫にいれたけど、それ以外はもう置く場所がないので処分せざるを得ない。。
マンガはもちろん、単行本や文庫本、古書や美術書、結構高価なものも多数あって、本当にもったいないけれど。


父の遺品で、太宰治や芥川、三島の結構古い本があったり、作家さん直々に頂いたような古書があったので、古書専門のところに何件か当たったけど、どこもスルーされました
家具と同じで「古書高価買取!まずは無料お見積もり!!」なんて書いてあっても、返信すらくれなかった。

結局、【本の高価買取!古書高価買取!】なーんて書いてあっても、ぜ~~んぜん!でした!!!
まぁ、古書って何が価値あるのか私にはわからないけどね。。。


ブックオフ他ネットの古本屋は、送料無料で見積もり&買取!っていうけど、もし価格不服でキャンセルとか、店側が買い取れないものがあった場合、返送料は有料なの。

つまり段ボール30箱分は無料で送れても、査定して5箱分は汚くて売れません~って返送されたら、その分はこちら持ちってこと。
それも送ってみなきゃわかんないんだったら、怖くて送れないよ。


結局、あまり綺麗じゃない物はすべて古本のゴミに出し、残り段ボール25箱分は地元の古本屋に取りに来て貰って、
15000円位になりました。



【布/毛糸類】



裁縫も編み物も得意だった母が溜め込んで、押入れ半間分埋め尽くしていた、布、毛糸類。

布類は貰ってくれる友人に差し上げ、残りはリサイクルゴミに。
毛糸は、太い毛糸は福祉関係者に差し上げました(デイサービスや子供センターなどで使うそうで)。
細い毛糸がゴミ袋大3袋分くらい余ってしまったので、ジモティーに駄目元で出したら、すぐ貰い手が出ました。
もちろんすべて無料だけど、捨てるより貰ってもらえる方がいいよね。

布類もビーズやら細々あった裁縫小物なんかも、捨てないでジモティーに出してみれば良かったわ。
意外と趣味でほしがっている方々がいるようです。



【食器類】


たまたま片付けの手伝いに来てくれたテニス仲間が、「今日家の方で『陶器市』やってるよ!」と言って、全部持って行ってくれた。
仕分ける間もなく数分で一気に全部なくなったので、すっきりした反面、なんだか切なくなりましたが、、(^^;
ゴミで出すと有料なので、無料で処分出来れば、ま、それでいいか。。
金属の調理器具類は、金属回収にまわし、それ以外はほぼ燃えないゴミ、、、(T_T)
綺麗な物、買い手が付きそうな物は集めて、後日ブックオフへ。





【洋服類】

凄まじい量の洋服は、ほとんどリサイクルゴミの日に出したけど、高そうで綺麗な物は、やっぱりテニス仲間の協力で、販売依頼型のリサイクルショップに出して、少しおかねになった!

買取型のブックオフや他のリサイクルショップにも、洋服や靴を過去になんどか持って行ってるけど、ほとんど着てない綺麗な服も10円、一万円位の未使用のパンプスでさえ30円とかになっちゃうから、ガソリン代とかかる時間を考えるとわざわざ持って行く気がなくなっちゃったんだよね。
洋服よりは、雑貨類やおもちゃなんかの方が、ブックオフでは値がつくかも。





【価値があるはずだった切手や着物】

一番ショックだったのが、切手。

父も母も切手を集めていて、昔、『財産になるからね、あんたに残すからね!』と嬉しそうに切手帳を眺めていたけど、今や買い取ってもらったら原価にもならない!
だって、ニーズがないもん!手紙なんか今みんな書かないもん!メールがあるもん!
あの頃、想像もできなかった、、、、こんな時代が来るなんて。。。。。

切手や硬貨の買取の価格審査みたいのが近所に来たので、重い切手帳を何冊も担いで足を運んでみたけど、
ぱらぱら~っと見ただけで、『今は切手の買い取り価格はおおよそ原価の6割くらいです~』
そしてこれからどんどん価値は下がって行きます~って。。。

ぐわ~~~~~~~ん。。。。

財産にしようとは思ってなかったけど、原価にもならない、60円の記念切手が36円切手の価値しかないって、、なにっ?
ひどすぎない?
もちろん普通に使えば、普通の切手代として使えるけど、そんなに手紙書かないもの。。
切手帳10冊くらいあるんだけど、、、見るだけで切なくなるわ。。。



そして、母が持っていたたくさんの着物も、『高い着物だから~』なんて言ってたけど、何年も段ボールに入れっぱなしでカビだらけ。
貰っても全部家で保管はできないので、高価でなさそうなものは古着屋さんへ、、、なんて思ったけど、着物は買うときは高いのに、売るときは二束三文。
増してや大体、カビ、シミ、しわが出来て、とても売り物にはならない、、、(T_T)
泣く泣く半分はリサイクルゴミに。
正直、着物はどうしていいかよくわからん。
クリーニングに出すだけでも何万もするし、保管が大変だし、売っても手数料ほどのお金にならないなら、捨てるしかないよね、、、。


紋付の喪服や大島紬、綺麗そうな着物は家に持って来て、桐の箱買って、あれから毎日部屋干ししてるけど、未だに部屋干し大会が終ってない。。



【趣味の物】


母がずっとライフワークにしてきた切り絵。
ずいぶん頑張ってたんだなぁと感心するほどのデッサンや資料。
新聞や雑誌の切り抜きをスクラップブック何冊にもまとめてあり、何十冊にも渡るスケッチや作りかけの切り絵。
展覧会や依頼されて作った額縁入りの切り絵数十点、、、。
どれもこれも、母が頑張ったものだから捨てたくないけれど、、、それだけで押入れ半間埋まる位あるので、私の家には保管出来ない。
でもホームに持って行くと、母が混乱する可能性があるので持って行くこともできない。
(ヘルパーが来てた頃「切り絵を盗まれた!捨てられた!』と、被害妄想が酷かったので、不安定な時期には見せられない)

だからこれもやむを得ず、出来上がってる作品以外は相当悩んだけど処分することに。。。。


親が子供の物をいつまでも捨てられない気持ちと同じだね。
私も、母が頑張って創った物を捨てるのは、相当辛かった。。。
でも、、、ほんとに、置ききれないもの、、、、それに、取っておいたところで、もうどうしようもない。


切り絵完成品と額縁関係だけでも相当重いしかさばるし、家の納戸の一角を占めてます、、、、
この先使う訳でもないけれど、せめて生きている間は置いておくかな。
あとは貰ってくれる人がいたら差し上げてます。







これだけたくさんの物を処分するのって、本当に大変。
他人なら思い入れがない分、どんどん捨てられるかもしれないけど、、、
私でさえ、結構胸を痛めながら捨てたので、そりゃあ母には捨てられなかったのは無理ないかもな、、とちょっと思った。


まだまだ使えるのに捨てるしかないって、なんだか切ないよね、、確かに。


特に家具なんて、ドカドカと燃えないゴミになっちゃうって、、どーーよーー!


日本も家具付き住宅にしたほうがいいよ、絶対!
家具なんて、その部屋の雰囲気や間取りに合わせて買ってるんだから、引っ越したら使えなくなることもある。
どうしてもこだわりたい家具だけ持って行けばいいし、家に合わせた家具ごと賃貸したほうが無駄がないと思わない?
日本中の人達が、引っ越すたびに新しい家具を買って、置けなくなった使える家具を捨ててると思うと、すごーく無駄な気がする。。。その為に切られてる木達に申し訳ないと思わないのかね。





なんにせよ、期待するほどリサイクルやリユースに有効活用できるわけではなく、おそらく私も使えるだろうと残しておいてくれた物は、ほとんど価値がなくなり、、、
思い出の詰まった物を捨てられないのは誰もが同じで、物に執着していくと、どれもこれも捨てられなくなる。
でも、そのまま「あたしが死んだら後はよろしく~」と残していかれた日にゃー、片付ける方は大変よ。
最初のうちは思い出に浸りながら分別してるけど、そんなこと何ヶ月もやっていられないもの。



残された者に迷惑をかけたくないのなら、普段から断捨離しておくべき!と痛感してます。


なんだかんだ言っても、実家のゴミ屋敷時から、引越しと母の骨折で、すこーしずつだけど、片付けられていたのは、今思うとだいぶ助かったのかもしれない。
ご実家がある方は、今から少しずつでもお片づけをしておくことをお勧めします。




そういえば今日、ホームから、母が使っていたお気に入りのブラシがないみたいなので持って来てくださいとメールがあったけど、、、


あ~、、、、それ、、引越の時、捨てちゃったわ~~~、、、、、



*CommentList

ホームに入れたら終わり!ではないということ

今月初にまた家族会があった。
ここのグループホームでは、二ヶ月に一度家族会があり、私は今回で二回目の参加。


そんなにたいしたことをするわけでなく、勿論強制参加でもない。
親抜きで会議室に集まり、まずホーム側からの報告や、民生委員、包括からのお知らせがあり、家族からの質問や要望に対する応答などをしたあと、親達のいるリビングに移動して、みんなで雑談しながらおやつを食べるというもの。


今回は年度始めということもあり、全家族から一言ずつコメントを求められた。

私を含め、すべての家族が言わされたわけでもなく、自然と、
「家族の相談に丁寧にのってくれるし、スタッフさん同士の連携もしっかりしている。とても良くしてもらえて母達も良い状態だと思う。ここに入れて本当によかった。」という感謝を述べた。


このグループホームは市内で一番家族会の出席率がいいそうだ。

つまり、何が言いたいかっていうと、
『ホームに入れたら安心してそれっきりにせず、家族がなるべく訪れることが大事』ってこと。


家族会に家族が常に出席するということは、自分の親だけでなく、ホームのこともちゃんと見ていますよ、という自己表示になるので、ホームも緊張感を持ってしっかりやってくれるし、介護がどれだけ大変か家族が一番わかっているので、ちゃんとやってくれていることに対して、惜しみなく感謝をすることで、スタッフさん達を労うことができる。
とても大切なことだと思う。
認知症の人は感謝しないことが多いから、(むしろ、私がやったんじゃない!頼んでない!ほっとけ!あんたのせい!と怒られる)せめて家族がいつも感謝の気持ちを伝えておくことは大事だね。




ホームに入ってからの母の様子は、最初の頃のように度々メールでホームに訪ねるのもさすがに気が引けて、最近はなにも聞いていないんだけど、穏やかな様子を見る限り、良い状態なんではないかと思う。
まぁ、パズルとか脳トレとか持って行っても全然やらず、ホームのボランティアレッスンにも参加せず、調理のお手伝い以外は布団の中でテレビを観てる毎日なので、これじゃあボケちゃうよなぁ、、、と悲しくなるけど、、。
今年度から母の担当の若いスタッフさんは、切り絵が趣味らしく、母がまた切り絵を出来るよう導いてくれるそうなので少し期待。

お風呂は毎度、拒否するらしいけど、根気負けするまで何度も誘ってなんとか入れてくれてるそうだ。

こんな可愛い編み込みしてもらってました。。。







今日は日曜日、、、、。
もう母の元に行って、洗濯、掃除、たまった洗い物、、食事の支度、、、

しなくていいんだなぁ~~~。。。


救急車や消防車のサイレンを聞いて、ドキドキしなくていいんだなぁ~~~。。。。


と思うと、それでも肩の荷が下りて、だーーーいぶ楽な気持ちになります。

カップラーメン




子供の頃、このカップで紅茶を飲んでる母が羨ましかった。
「これはあたしのなんだからあんたはだめ!」と、私には使わせてくれなかった
(あたしはサンリオのカップとかだったよねぇ、、(^^;)

ゴミ屋敷になるほど、ものを捨てなかった実家には、もちろんたくさんの食器があったけど、
認知症になってからの母は、わざわざ高い食器ばかりを引っ張りだして使っていた。


このカップにはよくチキンラーメンがあふれて入っていた、、、、



そう!


使うのはいいの!

ただ、、使い方が、、、、、


金塗りや装飾皿を電子レンジに入れたり、、
相馬焼のセットも、お茶を入れると、湯のみの中に金色の馬がゆらゆら泳ぐんだけど、これにもよくラーメンが入ってて、引っ越す頃には馬が全部禿げて、ただのひび焼きになってたわ。。


カップラーメンって、、そういう意味じゃないと思うんだけど、、、
入りきらないから、いろんなカップにラーメンが入ってこぼれてぐしょぐしょになってた。。。


ラーメンをどんな器にいれたらいいか、、、そんなことも忘れちゃうんだよな。。。


器は、、、食物を美味しく感じさせてくれるよね。



あ〜〜紅茶、美味しいな〜


最近のシリアルは美味い

シリアルって、どーも犬のえさみたいで好きじゃなかったんだよね。
(子供の頃、飼ってた犬によく牛乳に浸したビタワンを食べさせていたので(^^;)

でも時々無性に食べたくなるときがあって、ごくたま~に買ってくるんだけど、何日か食べると気が済んで、飽きちゃって、結局その後食べずに、だいぶ経ってほとんど捨てちゃうみたいなのがいつものパターン。。。



で、一昨年くらい、朝食にハムチーズサンドを作って食べるってのにハマって、毎朝毎朝それをやってたの。
そしたら、そのせいかわからないけど、中性脂肪とコレステロールがぐ~~~んと上がっちまって、おまけに便秘症になっちゃったので、、、う~~ん、、もしかして、ハムチーズサンドがいかんのかなぁ、、、でも、ご飯は重いし、、。
さっさと食べられるものないかなぁ、、、と悩んだあげく、ふと、、シリアルなら食物繊維豊富だし、体にいい!なんて思って、買って来たのが、ごろっとグラノーラってやつ。




これ、、美味しい~~~

びっくりした~~、シリアルってこんなに美味しくなったんだ~~~~

ゴリゴリ噛む食感も楽しいし、大好きなドライフルーツがいっぱい入ってる~~~


初めて、飽きずに最後まで食べきって、リピートしたっ

そして今度はシリアルにハマって、他メーカーのも色々買って食べてみたけど、、
あたしゃこれが一番好きじゃ~
ここんところは、ずっと毎朝これ。。。


でもさ~、、体にいいって誰が言ったんだ~?、、もしかしてあたし??

結構甘いし、そもそも美味しいものって体に悪いし、、、
と、よく見るとカロリー高い、、、、、、

あらら~~。。。。毎朝食べちゃ駄目かしら、、、、
でも美味しいのよねん、、、、、




甘くないシリアルないのかな~?
そういえば、去年の夏にクノールから出てた冷製ジャガイモのスープ、、、牛乳で作るビシソワーズ、、
これが意外と美味しかったのよ!
あんまりカップスープ好きじゃない私が、リピしにスーパーに行ったら、もう全く売ってなかった。。
どうやら期間限定だったらしい。。。。(これおススメよ!また夏にでるかなぁ)


それみたいに、牛乳入れたら具沢山の冷製スープとかだったら、すごく良くない??
朝からあまいもの食べたくない男性陣だって、手早く食べられるし~~~!


そう思って、探したら、あったあった~~~~~
水色のごろっとグラノーラ
ジャガイモとか人参とか入って、いいじゃんいいじゃん~~~~~


と、興奮して食べたんだけど、、、、、



期待はずれだったん、、、、、



中途半端に甘いんだもん。。。



甘しょっぱくて、お菓子感が強くて駄目だったよ、、、


あ~~~~あ、シリアルメーカーさん!是非是非作って頂きたい!
牛乳入れたら具たくさん本格スープ風のおいしいシリアル
待ってます~~~



ってことで、今朝もあま~~いシリアルをたくさん食べて糖分取りすぎのりか姫であります。。



オフだぜ~~ぃ

ライブも無事終わり、昨日はほぼ一ヶ月ぶりに母に面会に行き、いろんなことが一段落したんで、今日は久しぶりにオフな気分を味わいました。


ライブは、なんか久々緊張したなぁ~~、、、(^^;
もう何十年も人前に出る仕事してるのに、毎度懲りずに緊張するもんだなぁ。。
やっぱ年中コンスタントにやってないとだめね、、
芝居はみんながいるし、公演数があるから、すぐ慣れて楽しめるけど、今回は特にリハ無しの一発勝負ライブだったから、弾き始めてから緊張したわ~~~、、、

でも、秀さんが亡くなって、もう舞台にでることも無くなってしまったから、本業に戻って少しライブやってかないといかんな、、と本気で思いました。。






母の方は、昨日ホームに会いに行ったけど、なんだかすごーく穏やかでした。
穏やかであるってことは、今の生活で気持ちが安定しているということだと思う。
担当のスタッフさんも「とても穏やかでいい感じです。先日の避難訓練には率先して参加し、『消防自動車っていくらするんですかぁ?』と手を挙げて質問したりして、とってもお元気ですよ!」と言ってくださり、ほっと一安心。

2時間くらい居室で一緒に過ごし、世間話をして、
「前に住んでいたところはどうした?」「あんた今どこに住んでるの?」
と、6回位聞かれたけど、帰りたい等嘆くことはなかった。
まぁ今日のところは、、、かもしれないけど、、とりあえず元気そうで、ほっとして帰ってきました。



そんなんで、心も体もすこーし晴れて、、、今日は休もうと決めた!
た~~っぷり寝て、お天気も晴れたところで、ひとり、多摩ぐりーんうぉ~くまでドライブ
ここは、電気屋、洋服屋、ホームセンター、スポーツショップ、ダイソー、レストランにスーパーと、なんでも揃ってる大型ショッピングモール

お一人様だから、の~んびりマイペースでショッピングして、クレープなんか食べたりして、、、
久しぶりに音楽も介護も忘れて、オフっていう気分を味わえました。

あーーー幸せだった~~今日、、、



久しぶりにピアノ伴奏

二月に引越しを終えたら、少し強引にでも音楽生活に戻したくて、早速、ライブのピアノ伴奏を買ってでた!

コピーをとったりピアノアレンジを考えたり、譜面を作る作業ですら久々に楽しくて、荷物の整理がそれきりになってます、、(^。^;)



今回洋楽のライブで、ほぼぶつけ本番
まぁラフなライブなんだけど、皆さんものすごくリズムにタイトな方々なので(32,5分音符ノリ)、
あんまりリズム感良くない私としては超不安なんだけど、すごくいい刺激で勉強になってる。
今週が本番!楽しんで来ようと思います


私の声はストレスなのか、歌ってなかったからなのか、全然出なくなってしまったので、
毎日肥えだして、、、、違う!、、
毎日声だして、リハビリせんとあかんです



そして、今まで適当にやってたジャズも、この際きちんと勉強しようと決意し、ジャズ理論の勉強も始めてみたりして、今まで介護に取られていた時間を取り戻すべく、少しずつ、いや、ちょっとピッチあげて頑張っとります



母はグループホームに慣れたか

引越しが終わって、散らかった我が家を少しずつ片付けながら、平穏な自分の生活に戻りつつある日々。。。


と言いたいところだけど、、なっかなか自分の生活に戻れないのよ。。
5年半続いた介護生活、、まだなんか落ち着かなくて、自分の生き方を忘れてしまったような気がしてます、、、。



母の方は、二ヶ月半経ってだいぶ慣れたのでは、、と思うのだけど、、、実はあまり面会に行ってないのです。





「いつ帰れるの?」「ここはどこなの?早く帰りたい」と言っていた入所一ヶ月は、まわりのアドバイスでもなるべく会わない方がよいということで、ほとんど面会には行かなかった。。。

2月に入って慣れたか諦めたか、穏やかになり、帰りたいとも言わなくなって、ホームのスタッフさんとお喋りをしたり、家事のお手伝いなども積極的にやるようになったので、もう会いに来ても大丈夫だと思います!とホームから連絡が入った。



初回の面会のときは、ブログに書いたように結構荒れて、私も滅入ってしまったけれど、二月に入って行ったときは、ちょっとぼんやりしている感じだったけど、気をつけて当たり障りない世間話をするだけにして早めに切り上げて帰って来たので、何事もなかった。
三回目の面会では、世間話の合間に「ところで、あたし、なんでここにいるの?」と聞かれたけど、うやむやにして話をそらしたらそのままで終った。

とにかく感情を高ぶらせないように、
ここはどこか  いつ帰れるのか  今までの暮らし
を思いださせないように努めた。
うーんと昔の話などをして、余計なことを話題にしなければ、穏やかな母になっていた。




先月末には家族会という、入居者の家族がみんな集まって、ホームからの報告などの会議に出た後、入居者とおやつを食べるというちょっとしたイベントがあった。


母が「今日は何なの?なんでこんなに人がいるの?」「父母会なの?」と聞いて来たので、
「うーん、まぁそんな感じかね、、、。」と答えておいたけど、どうやらなんとなく自分がここに預けられ、今日は入居者の家族が集まったんだ、、、ということを理解している様子で、そのせいか機嫌が悪く、ホットケーキパーティだったのだけど、ほとんど食べず、ぶーっとしたままだった。






そりゃあ誰だってある日突然連れ出され、まったく知らない場所にポンと置いて行かれて、それっきりそこに住まされたら、相当混乱するよね。。。。
寂しくて、自分はどうなっちゃったんだろう、これからどうなるんだろう、、捨てられたんだ、、と思っちゃうよね。。。。



そう考えると、ほんとに申し訳なくて辛い。
でも決して捨てたわけじゃない。


母の一人暮らしの限界と、私の生活を犠牲にすることへの限界を感じていたときに、以前から良いと思っていたグループホームに空きが出てお誘いがきた、、、、、
神様がくれたタイミングなんだと思うしかなかった。




だから「わ~~いやった!これで介護から解放された~~~」と手放しでまだ喜べない自分がいたりする。。
常にどうしているか気になっているし、なるべく面会に行って、寂しい思いをさせないようにしてあげたいと思う。
けど、私の顔を見ると、色々思い出して逆に混乱するみたいで、彼女の思いをぶつける場所が私しかいないというのもあって、言いたいことを言ってくるので、私のダメージも大きいんだよ。。
それでつい、足が遠のいてしまう。。。



家族会では、ご家族のほとんどが私より年配で、まさしく老老介護だったろうなぁと思う人達ばかりだったけれど、ちょうど母の一ヶ月前に入所したという方の娘さんが、私と同じ位に見えたので、少しお話をした。


彼女は同居していたそうだけど、仕事が夜のシフトになり介護に限界がきて、ショートステイという名目で入所させたそうだ。私と全く同じで、入所させた当時は申し訳なくて涙が止まらなかった、、、そして最初の一ヶ月「いつ帰れるの?」と何度も訪ねられて、辛くて辛くてほとんど面会に来れなかったそうだ。。
『決して捨てたわけじゃない!でもこうせざるを得なかった自分の不甲斐なさや母親に対する申し訳なさでどうしようもなく辛かった。。』と同じ思いを口にしていました。
みんなきっと同じなんだね。

でも、『絶対慣れますよ!家の母ももう慣れましたので」とおっしゃっていたとおり、彼女の母親はホームで一番明るくはしゃいでました。。家の母もそうなるかな。。。



ホームのスタッフさん曰く、「お母様は、言えばなんでも手伝ってくださるし、穏やかだし、気遣いもあるし、とってもいい感じですよ!食欲もあり、入居時より2kg体重が増えましたよ」ということなので、私がいなければいないで、なんとかまわりと上手くやっているみたい。。
なら、良かったかな。。。。。なんて、、、思ったりね。



でも、家族会の日。。
自分がここに住まわされているということを漠然と感じて不機嫌だった日。。
「お金も持ってないし、ここどこだかわかんないし、、、外にも出られない。。。退屈!なんにもできない!こんな退屈なところ嫌だよ!私ここにずっといなきゃいけないの?もう私の帰るところはないの?ここで死ななきゃいけないの?嫌だよ!!!!」
私にまたそう嘆いてきた。。。

そういわれると、本当に辛いわ。

好きにさせてあげたいけど、、、自由にしてあげたいけど、、、



誰もが帰りたい。
生まれ育った場所に、、、家族と過ごした場所に、、、、


すごくわかるけど、、それはもう無理。。。。

ホームのスタッフさんは他人だけれど、みんな親切にしてくれて、尊重してくれる。
年寄りだーボケてるだー言われて邪魔者扱いされることもなく、むしろ家事のお手伝いをすることで、少しでもみんなの役に立てるなんて素晴らしいと思わない?

なーんて言ってもわかってもらえないよね。。。

このジレンマをお互いずっと抱えて行くのかもしれないな。


早くホームの生活に慣れ、納得してすこしでも満足出来るようになってくれれば、私はいつでも会いに行くし、遊びに連れて行ってあげられるんだけど、、、
会うたびにお互いが辛い嫌な思いをするようでは、なかなか会いに行けない。。。


辛いところ。。。。




来週あたり、また意を決して面会に行って来ようと思います。

無事退去

や~~っとなんとか引越できましたーーー
ほーーーーーんとに、大変だった!

でもまだまだ、終ったわけでないところが、、つらいとこ。。。





退去前日の27日、母のところの燃えないゴミ収集日。
最後に残ったたくさんの不燃ゴミをドカーンと捨てて、お掃除して終了!!
の予定だったんだけど、大抵いつも午後に来る収集がその日に限って、私が行く前に来て行ってしまったーー!!

ぎゃーーー!なんでーーー!!

燃えないゴミ特大袋5個、、、

我が家の収集日も先日終ったばかりで、次は二週間後。。。。
もうこれ以上置くところないのに、、お持ち帰りだーーー



そんなんでギリギリ退去したものの、、我が家がゴミだらけーーー


とりあえず、仕事部屋だけはなんとか片付けた、、、、

んーー、、いや、、、


仕事部屋に積み重なっていた物は、他の部屋に積み重ねた、、、、、、、

階段、廊下、リビング、寝室、、隙間があればここぞとばかりに置かれた物、物、物ーーー



資源の日に出そうと思っている大量の古着や紙類、、、
なんで、その日に限っていつも雨降るのーーーー
出せなーーい



地域のゴミセンターに何度も粗大ゴミを捨てに行き、
もしかしたらもらってくれるかも(ゴミにするとお金かかるからね)、、と車いっぱいに詰め込んだおもちゃ、食器、電化製品、ガラクタ、、、
まだ捨てたくなくて取っておいたけど、いよいよ諦めた、シンセ、エフェクター、音源類、キーボードスタンドを詰めるだけ詰め込んで、何度もブックオフに持って行き、、、、


ようやく、我が家の床が出て来たーーーーー





しかし、、家も片付けていたら屋根裏から、ブラウン管テレビが二台もでてきた、、
なんで今頃ーーー、なぜ、あの時捨てなかったーーー

調べたら一台2000円くらいするのね、処分するの。



品種調べて、郵便局に行ってリサイクル券買って、処分場まで持って行く、、、
あーーーーこれまためんどくさいーーー


そんな、あーーめんどくさいーー!後で片付けよう、、、
と思ってる物が、一角に積み重なり始めた。。。



や、やばい、、、家もゴミ屋敷になってしまう。。。


今年になって、寝ても覚めても、母のことで悩むか、掃除掃除掃除で、、、
仕事もやりたいことも、、二の次になっていた、、、
ひとまず退去出来たんだから、、後は少しずつ、、、、
なんて思っているけど、やっぱり早く片付けてすっきりしたいよ~。。
でないと、あーめんどくさい、、、もういっか、、このままで、、、ってなりそうだわ。。

あと少し!でも、、今度は我が家が、

一昨日、やっと母の住処の片付けもほぼ終わり、なんとか今月中に退去できるところまで来たーーーー!やったー頑張ったー

でも、ほとんど処分したけど、どうしても処分出来ないものは、私の家に持ってくるしかなく、今度は我が家が大変な事にーー




こいつらを入れるため、一週間前からうちの納戸の断捨離も同時進行してきたから、既にうちもしっちゃかめっちゃか
分別したいろんなゴミが、収集日まで部屋に積み重なり、母の荷物が来てから片付けるものも部屋で待機中、、

あっちが片付きゃこっちが散らかる
どこもかしこも物だらけ、ずーっと引越状態


あー、、床が見えない~いる場所ない~、ベッドの上しか安らげない~


この週末中に片付けないと、仕事もできないよー



あと少し!あと少し!だいぶ片付いてきた、、
やっともうすぐ終わる!と、最後の荷物の運び出しをして、うちを見たら、、、

ドカーンとラスボス登場
って感じだわーーーーん

この大荷物、、
運んでみたら思ったより多かったー
大変だわ~

最後の戦いーー
もう少し、、頑張れ!、、、、るかなぁ、、

数字から色が見える

たまに、数字や音から色が見える(浮かぶ)って人いるよね。

音だと、ドは赤、レはオレンジ、ミは黄色とか、、


私は幸い音から色が見えることないんだけど、何故か日付に時々強烈に見えるんだよねー、、

まー、ただ浮かぶってだけなんだけど、、


で、、、、
2月24日はどーしても薄いワイン色なんだよ。



気持ちというかイメージがこの色に支配されて、なんかモヤモヤした一日。


日付全部じゃないの



あと、1月30日。
黄色!


何だろ~ね、、、不思議ー

*CommentList

掃除大変!!

あまりに大変で、疲れて全くブログ書けてない今月。。


よく親が亡くなって、実家の物の処分がすごく大変なんて話聞くけど、本当に大変。。
私が生まれてからの物が全部あるんじゃないかと思うほどの量。



母は美術が大好きで、趣味で切り絵をやっていたせいもあって、美術関係の物が多いこと多いこと。。。
デッサンや作りかけの作品、スケッチブック、完成した作品、画材、額縁、、、
かさ張る物ばかりたくさん。。。
本当に申し訳ないと思うけど、完成品以外はほぼ処分。。
一生懸命創ったんだよなぁ、、ずいぶん勉強してたんだなぁ、、と感心する物ばかりだけど、それだけで押入れ一間位あるので、とても私の家には持っていけないよ。
額縁なんか重いし、買えば高いし、ど~しよ~と思うけど、、、、
このゴミを見たら、「画家の方が亡くなったのですか?」と聞かれそうなくらいの画材とデッサンを捨てました。。


そしてまた押入れ一間埋め尽くす毛糸と布類。。。
裁縫も編み物も得意だったので、創りかけの洋服、セーター含め、どんだけ~~って量。。。
施設で働いている人に少し貰ってもらい、残りはリサイクルの日に処分。。。


それとものすごい量の洋服、、、これもほとんど古着の日に処分した。
母はとてもおしゃれで派手な服が多く、捨てるのはもったいないんだけど、ホームでは洗濯機で洗濯できないものはNGだし、私がクリーニングにわざわざ出すのも大変だし。

そもそも、本人はここ10年位クリーニングなんて出してなさそうだし、洗濯だって全然してない。。。

これらの処分だけで、特大ゴミ袋で数十袋。


それと、通販で買ったガラクタ類。
んも~~~、テレビでやってる通販グッズのほとんど買ってたらしい。。。
ゲルマニウム温浴器、ルームランナー、美顔器、金魚運動ゆらゆらダイエット器、内転筋鍛える器具、首ストレッチ、
スレンダートーン、眼のストレッチャー、ハンガースチームアイロン、電気鍋、超音波美顔器、ナビ、室内干し回転ハンガー、フードシーラー等々、、

もう思い出せないけど、全部買ってるんじゃないの?ってほどあった。
中には封が開いてなかったり、ほとんど使ってないもの。。。
だけど、どれもこれも部品や説明書がなくて、使い物にならない。



今日の整理は、
母の大好きな推理小説と大量の美術本、自称小説家詩人の父が残した、、これまた押し入れ一間埋め尽くす本、本、本。。。
ダンボール20箱以上だよ(・・;)





あーーもーーやだ、、、、。
ひとりでやってるとほんとに滅入る。。。

この家、幸か不幸か、押入れがいっぱいあって、ほぼそれらに埋め尽くされていたわけで、
亡くなったわけではないから、全部捨てるわけにも行かず、、、どれを残すか選別するのが一苦労。
人に頼みたくても選別は私しか出来ないから、結局ひとりでコツコツ、何日も何日もかけて、、、


先月末に、テニス仲間のお姉様方が4人手伝いに来てくれて、、早かったなぁ~~~。
あーーーっと言う間に、食品や食器、台所関係は全部処分して、洋服や着物の処分を手伝ってもらった。
ゴミも処分しきれないものを持って帰ってくれたり、処分しに行ってくれたり、、助かったな~。
誰かとやるとね、少し気持ちが楽になるし、お喋りしながらでも結構進むんだよね。

一人でやってると、ため息と途方に暮れてる時間が長くて、、、(~_~;;)


先月は、母が万一帰ってくるかもしれないと、、あんまり片付けずにいたけど、もう、ホームに入れると決めたから、
今月中に住処をすべてかたづけて引き上げる。



でも、いろんな思いも重なって、ちっとも進まない。。。



そうそう、家具だってね、ネットでみると、
「高価買取!実家の整理、なんでも御相談を!」なんて書いてあるけど、実際連絡すると、あれはだめこれはだめって、買取どころか、引き取りですら嫌がられる、、昭和の家具。。。



昔の家具は今やニーズもないから、お金払って処分。
今の物と違って、クローゼットもデスクも本棚も、木製で重くて、素人じゃ玄関までだって運べないのよ。
結局何万も払って業者さんに頼むしか無い。

それでも、一気に家財丸ごと処分を頼むと何十万もかかるから、どうしても自分で運んで処理出来ないものだけ、業者さんに頼んで、後はせこせことゴミ袋にまとめたり、誰かに貰ってもらったり、車に積んで処理場に持っていったりしてなるべく節約。。。


まぁそんなことしてるから、なかなか進まんのよ。。。


焦らず少しずつ、、なんて思って一ヶ月猶予を持ったけど、逆にさっさとやっちゃった方が良かったかも。
長引くほど、精神的に参ってくる。

はぁ~、、、もぉ疲れたわ。。。





書くと長くなるから、今度ちゃんと書こうと思うけれど、、、

ここに引っ越してくる時、ちゃんとジャンルごとに整理したものも、とにかく全部めちゃめちゃにシャッフルしちゃってるんだよね、母が。。。。


認知症の母は、仕分けが出来ないし、元の場所に戻せない。


ここにあるものをあそこに置く。。あそこにあったものをそちらにしまう。
そうやって本来あった場所に置かないので、どこに置いたかわからなくなって、年中物を探すことになる。
綺麗に仕分けしてあった箱も開けて、ひっくり返しては、別の場所にしまったりする。。。

ますます見つからなくなり探すから、どんどん物が移動して、見事にシャッフルされるんだよね。



だからね、ここに来る前に、「処分するもの」「すぐ使うもの」使うものもちゃんと仕分けしてしまったんだけど、
ぜーーーーんぶ見事にごちゃまぜになっていて、それはそれはたーいへんな手間になってるんですわ。。。

全く参ります。。。。


あれやこれやと、ほんと私壊れそうです。



誕生日ありがとうございました

メッセージ、メール、ありがとうございました。
なんかいつになく重い気持ちの誕生日だったけど、嬉しかったです


昨日は若者達のライブを観に行き、今日は先輩方の芝居を観に行き、、、連日呑んで午前様だけど、刺激を沢山貰ってきました。

(懐かしい役者仲間と)


来年度は私も介護から解放されて、色々活動できるかな~。


でもまるで浦島太郎、、
一気に老け込んで、うーんと感も鈍ってしまったよ。取り戻せるかなぁ、、、





ここ2年、せめてクラシックコンサートだけでもと、こっそり出てきたけど、、
来年度はまた自分のジャンルに戻って、ライブとか舞台も視野に入れて精進していこうと思います。。


少しずつだけど、、頑張ります



あ、、今日観に行った小林優子さんと定岡小百合さんの二人芝居、、とっても良かったです。
さすがだな~と思いました。

明日楽日だけど、お時間ある方是非観てみてね。





*CommentList

認知症の親をグループホームに入れる決意

なーんていうタイトルにして、自分の心の整理をしようと思いました。
長いから、、興味の無い人は観なくていいよー。
でもいつか、同じ思いで苦しむこともあるかもしれないから、、そんな人は一読してみてね。





年末に母を「リハビリ病院に入院だよ。」と騙して、グループホームに入れてほぼ3週間。
介護サービスが休みになる年末に入所できれば、私がお正月介護に縛られなくて済むことと、そういうイベント時に、盛り上がってるうちに馴染めるのではないかという目算があった。

でも、思ったほど母は馴染んでくれず、私も良心の呵責に苦しみ、暗く重い気持ちの正月になってしまった。
入れない方が余程平和な気持ちで過ごせただろうと思うほど、毎日思い返してはやるせない、申し訳ない気持ちに苛まれ、布団に入っても眠れない日々が続いた。




あれからホームのスタッフによると、未だにほとんど居室で一人で過ごし、お手伝いと食事時に出てくるくらいで、「いつ帰れるの?」と聞く日もあれば聞かない日もあり、気持ちに波がある様子。




もし私と母との二人暮らしなら、はっきり限界!と言えるし、徘徊や下の世話なども入って来たら、もう無理!と割り切れるのだけど、そこまでひどくないところが苦しいところ。

そんなに辛いなら、やっぱり連れ戻そうか?
なんか申し訳なくて、可哀想で、、、、
あんなに悲しませるくらいなら、もう少し、、私、頑張れるよね。。。。
日々、問いかける。。。






認知症が発覚して、実家から家の近所に引越させたばかりの頃(2011年)は、
ゴミ屋敷、暴言、ヒステリー、物取られ妄想がひどい上に、サービス拒否もひどく、手に負えなかった。
その頃に比べれば、今は進んだ分おとなしくなり、私も扱いがわかってきて、さほどきつくはない、、、、はず。。


週二日フルタイムのデイサービス、週二日は半日デイサービス、そして週二日のヘルパー、、、
目一杯単位を使わせてもらい、半日デイの夕食時と、サービスが休みの日曜は私が一日行って家事全部やる。
つまり私が関わってるのは週3回。


たった週三日なのに、どうしようもなく、エネルギーを吸い取られる。
なんでなんだろう?
ほとんど休み無く働いてたときより、全然楽なはずなのに、ものすごく疲れる。
どうして??


毎日子供の世話をしてる人や介護をしてる人達のほうがもっと大変だと思うのに、、、
たかだかこれくらいのことで、生きる気力というか、何もやる気力がなくなってしまった、、
特にこの二年間。(2015年から仕事をほぼやめて、結果、介護に時間を割いていた)



やっぱり認知症の介護って、なにか絶望的な気持ちにさせる。

生きていくこととか、老いていくこととか、、、、こういうことなの??

まったく、何考えてるの?
なんで?
なんでそんなことするの????
どうしちゃったの??

自分の親が、しっかりしていた親が、壊れていくのを見ているのも、フォローしていくのもすごい心労。。


人って、こんな風になっていくの?!

記憶力だけじゃない、知性、理性、優しさ、、、、良いところがどんどん無くなって、
本能、感情、自尊心、、、、醜い部分だけが残っていく。。。

人間って、本来、醜い生物なんだ。。。

そんな気持ちが毎日襲ってくる。。。





近所に越させてすぐ、あまりの酷さに、「早く死んでほしい、すぐにでもホームに入ってほしい」と思っていたけど、いざ老人ホームを見て回ると、さすがにこんなところに入れるのは可哀想だなと思った、正直。

建物はどこも、「こんなに綺麗である必要があるの?」という位、立派で綺麗。
だけど、利用者たちはかなり認知症が進んでいる人達ばかりで、初めて見るその光景にちょっと凍り付いてしまった。
本当に、、、すごい。。。




そんな中で知ったのが、グループホームの存在。

グループホームは
すべてをやってもらうホームとは違い、介護スタッフにサポートしてもらいながらも家事全般、できることはなるべく自分たちで協力し合って生活する、認知症の共同生活の場で、寮のようなところ。

リビングとキッチンが一つ、みんなで集まるところ。風呂、トイレも共用だけど、居室は個室(または準個室)。
自由もプライベートもあり、家具なども持ち込めるので、自宅とほぼ同じように過ごせる上に、機能訓練、リハビリとして家事を手助けしてもらいながらやれるし、嫌なら任せてのんびり過ごすこともできる。
グループホームは、アットホームな少人数施設で、ある程度自立出来る人達向けなのだ。


また、母のところは1ユニット(1ユニット9人制)の小さいホームで、日中は3人のスタッフが付くので、3人の利用者に対して、一人スタッフがつく計算になる。つまりちゃんと眼が届く。
(特養などは利用者が莫大にいて、スタッフが足りないため大変らしい)

ただ、1人で着替え・食事摂取・排泄などができなくなったり、医療ケアが必要になったりすると退去しなくてはならないし、暴力や脱走など、共同生活を乱すような行動が多いと退去させられる。




グループホームは、今の母にぴったりだと思う。
一人で家事は出来ないけど、支援してもらえばやれるだろうし、家に居る時のように何もせず、一日ベッドでテレビを観ていても、食事にありつけるし、お風呂だって洗濯だって手伝ってもらえる。。。
ひとりでぼーっとしているより、賑やかにみんなでわいわいやっていた方が余程楽しいし、認知症の進行を遅らせる効果だってあるだろう。



ただ、入れてみて初めてわかったこともある。。。。


グループホームだから、みんなでお料理を作って食べて、和気あいあい楽しく寮生活!なんていうのは、健康な人間のイメージで、
実際に入っているみなさんは認知症の方々で、、思っているより進んでいる人も結構いたということ。

1ユニット9人のうち、会話のキャッチボールができるのはたった2人。母を入れて3人。
食事も普通食はその3人、残りの方々はミキサー食か流動食。。

え、、、そうなんだ。。。
よく、ホームのチラシに高齢者とスタッフが楽しそうに会話してる写真とかあるけど、いやいや、そもそも、ホームに入ってる時点で、家族に限界がきているほどの認知症の人達なんだってこと、、忘れてました。


そして、先日、ちょっとした言い合いがあったそうだ。
何かを作ってる時、母がうまくできなくて、それに対して「そうじゃないのよ!こうやるのよ!」みたいに突っ込んだ方がいて、母も負けじと「うるさいわね!!!」と応戦したそうな。。。。

認知症が重ければ、会話があまり成り立たないし、軽ければ軽いで、同じことを繰り返し言うだけならまだしも、
いつもいうように、理解する、気を使う、、といったことができないので、感情の趣くまま行動しちゃったりする。
そして、認知症の人は、注意されたり、否定されるのが一番NGなので、スタッフなら必ずいつも肯定して良い方向に促していくけど、認知症同士だと、そういう事に気を使ってうまくつきあう、、ってのが難しかったりもするわけだ。。


母ぐらいのレベルだと、(まわりはボケた人ばかりだ。私は違うのに。なんでこんな人達と一緒にされるの。。)
と、思うんだろう。そしておそらく、会話が出来る残りの二名も同じことを思っているだろう。
でも、パッと見普通に見える要介護度の軽い人達も、何かしら問題があり、家族の手に負えなくなったからここにいるんだ。。




それから、「家に帰りたい」という言動は、ホームに入るほぼ全員が共通することらしい。

そりゃあ誰だって家に帰りたい、家が一番!


ただ、その言葉を真に受けるのもちょっと待った!で、帰りたい家が、今まで住んでいた家とは限らない。
幼少の頃に住んだ家だったり、長く過ごした家だったり、どこでもなくて、ただホームから出たいという不安な気持ちからくる言葉だったり。
私のように母の言葉を素直に受け止めて、可哀想だからとホームを諦めて今までの家に帰ったとしても、
「ここじゃないのよ!私が帰りたいのはここじゃないの!○○(実家)に帰りたいの!早く帰してよ!」
と言われ兼ねないということだ。
母は多分、この5年半すごした私の近所のマンションではなく、何十年も暮らしてきた実家に帰りたいのだと思う。

グループホームに入所したとき、みんな一番愛着のある家に帰りたいと訴えるみたいだ。



でも、スタッフさんを初め、みなさん口を揃えて言う
「家に帰りたい気持ちはずっと変わらないけれど、みなさん慣れます。」


慣れるまでの間、会うたびに「帰りたい」と泣きつかれるのは非常に辛い。ほんとに連れて帰ってやりたくなる。
でも、ここで私が、もう少し頑張ろう、、、、とグループホームを諦めたとしたら、、、
多分、今度は自分の限界まで頑張ってしまうと思う。

介護鬱は知らない間に、育っていくんだと思う。
まじめに愛情を持って頑張って介護している人に。


介護殺人や介護心中を犯してしまったほとんどの人が、きっとそうなんだと思う。



もし、ここで退所を決めたら、もう二度と母を悲しませない為に、全力で介護するんだと思う。
そうして、限界になったときに、都合良くホームの空きがなければ(コストが高いところには入れないから)、
私は壊れてしまうだろう。


私が壊れたら、、、私の人生だけでなく、母も、、私の家族の人生も壊れることになる。






だからここは、ぎゅっと眼をつぶって、、、

母はきっと慣れる、慣れて笑顔で楽しく暮らしてくれる日が来る。。。

私は私の人生を歩む。私と私の家族を守る。。

それがベストだと思うしかない。



一日のうちに何度となく、母の悲しむ顔が浮かび、、いや、もうこれでいいの!と、、繰り返すけれど、、

これでいいのだ。

絶対これが一番みんなの幸せ。。

と思う努力をする。。。

そうしなければ、ホームに入れる決意はできないから。。。









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プロフィール

りか姫

Author:りか姫
国立音楽大学卒業
作曲家/ボーカル講師/歌手/女優   

≪主な作品≫
らんま1/2・機動警察パトレイバー・あぁ女神さまっ!・JR東海・白樺リゾート池の平ホテル・NTT・グリコ幼児牛乳・前橋ケイリン他(歌・コーラス)
中森明菜・藤あやこ・水森かおり
椎名恵 楽曲提供 他 
舞台、教育番組等の音楽制作

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