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認知症介護日記について

ブログ更新してなくてご心配をおかけしてます
大丈夫、生きてます

なんだかんだと忙しくて書きそびれていました。



最近、私の周りでも認知症介護を抱える人が増えてきました。

私は母が亡くなってひと段落しているけど、うちにはまだ鬱病の姑がいるので、それはそれで結構大変。。


歳をとるという事がこんなにも虚しい事なのかと思ってしまいます。


80歳超えて仕事をしてる人もいたり、元気にテニスに来てる人もいるのに、、、
この違いはなんなんだろう。。。

どうしたら健康で元気に歳を取れるんだろう。

健康でいられないのなら、私は早く死にたいなぁ。。





そうそう、実は介護日記だけ、名前を伏せてアメブロにまとめてアップしてあります。

それだけ見たい人もいると思うので、参考になればと、こっそり去年作りました。
興味のある方は読んでみてね。


 

【ゴミ屋敷と認知症の母との奮闘記】






母が亡くなった時点で終わってるけど、、
本当はまだまだ色々書きたいことがあったんだ。

でも、、、なんだかちょっと疲れちゃって、、、一旦この問題から少し離れよう。。と思っていたら、、
それきりになってしまった。。


またそのうち再開すると思う。



箱根行ってきました。

ずっと楽しみにしてたいつもの女三人(ゆかり姫とゴンタ姫との)温泉旅行。。
首の具合がすごく心配だったけど、なんとか行ってこれました

実は去年三人で湯西川温泉に行って、ミニかまくらを見てきた、、レポートも書かないうちに、こちらを先に書いてしまいます、、
(去年は母のことで大変だったんで、書きそびれた、、)





仙石原 品の木 一の湯  ★★★★
  (★数は多分部屋による)

一泊 10800円 (キャンペーン価格)


箱根一の湯グループは低価格のホテルグループ。
6年前に強羅一の湯に同メンバーで行きました。
ここの魅力は、露天風呂付きのお部屋が格安で泊まれるところ。
今回は硫黄泉風呂付きのお部屋で、寝室と別に広い和室と掘りごたつのあるお部屋。
普通だったらスイートルームと言えるくらいのお部屋だったけど、この価格!嬉しいね。

木戸の向こうが寝室、その向こうに露天風呂

  窓からの景色。。こじんまりとしたアパートメントみたいです。



【大浴場】  ★★★

大浴場は内風呂、外風呂ともに小さく、25時から5時までは入れません。



アメニティ ★★★  リンス・シャンプー・ボディソープ、洗面所には化粧水、乳液、クレンジングがあります。
           ドライヤーは2台 洗面台も2台か3台だったかな。。

お湯    ★★   アルカリ単純泉 熱め。
景観    ★★ 二階で塀に囲まれてるので、若干庭があるくらい。  
カランのしきり    有り    カラン6つ 
サウナ        なし


【客室の露天風呂】 ★★★★




硫黄泉の部屋風呂は珍しい気がします。ベランダの庭のようにあります。
一応小さいながらシャワーもありますが、寒いし狭いので体を洗うのは不向きかと思います。
大浴場には体を洗いに一度行っただけで、部屋風呂が気持ちよくて何度も入りました。
湯船は3人でいっぱいです。


【食事】★★★★



夕食は豚しゃぶ他、魚のチーズ焼き、キノコのサラダ、シャーベットなど、結構お腹いっぱいありました。(宿のホームページに写真あり)
朝は和定食、コーヒー類飲み放題。
食堂での食事ですが、美味しかったし量もあったし、私たちには十分満足でした。




今回のお宿は二階建ての小さな宿だけど、何よりお部屋がよかった。
寝室はベランダに面した二人用の狭い部屋ですが、別間なので贅沢な気分になります。
掘りごたつで次回公演予定?の本読みをして、ひろい畳の上で立ち稽古までできました(笑)
ホテルやサービスにあまり期待をしなければ、一万円そこそこでこれはおすすめです!


ただ、車で来れればよいのだけど、バスで来ると、箱根湯本駅から往復1500円かかります




バス代がかかるから、いっそフリーパスであちこち巡ろうとおもっていたのだけど、この日に限って雪が降って散々だったんです
箱根ってもっと雪に強いのかと思っていたけど、あのくらいの雪でバスが動かなくなっちゃうの、、

水族館に行こうと思っていたんだけど、そこにいくバスが動いているのかわからず、ネット情報もあまりリアルタイムでなく(実際より情報がかなり遅れてる)、駅に向かうバスはダイヤが乱れて30分に一本くらいしかこない。
しかもやっと来ても「いっぱいだから乗れません」といって、客を乗せずに素通り。。。。


だから雪の中、バス停には1時間以上もバスに乗せてもらえない人々の長い長い行列。。。
箱根バスってほんとに無情だと思いました。。。
お客の荷物がかさばるとか、いっぱい乗せると後ろが見えないとか、いろいろ事情はあるかもしれないけど、運転手が一言乗車客に、「もう少し後ろに詰めてください」って言ってくれれば、バスの後ろは空いてるのに、詰めてくれないから入り口付近がいっぱいになって乗れない状態。
雪の中何十分も待ってやっと来たバスに「いっぱいですから乗れません~」と一言言ったまま去っていくのを見送るお客さんの気持ち、少しはわかってほしい。少しずつでも乗せてくれないと、凍えて死んじゃうよ!。。
(私たちは3台も見送りました、、)

と、怒り心頭のりか姫御一行は、このままじゃ何時間雪の中待たされるかわからん!と一旦ホテルに帰って、休憩室で箱根ナビをみてたけど、すべて運休!運転見合わせ!!で、どこにも行けない、帰れない。
雪はとっくにやんでるし、除雪車も通って道路は綺麗になってるから、そんなに全部動いてないわけないと、営業所に電話で問い合わせてみると、実際には動いているのもあったり、除雪中であと少しってところもある。。。
バスを乗り換えないとならないのだけど、途中まで行って見ないとわからない状態で、またその先バス停で何十分も待つのはこりごりだし、、、。


結局、水族館まではバスが動いているかわからず、乗りたかったロープウェイは運休っぽい。。
かと言ってこのまま帰ろうにも、駅行きバスはいつ乗せてもらえるかわからない。

そのうち、ホテルの人が運休と言ってた逆側の桃源台行きのバスが動いていることがわかったので、桃源台まで行き、そこから海賊船で芦ノ湖を渡って帰るか(海賊船がネット情報で運休から除雪中運転見合わせになったので、現場に着く頃には動くのではと期待して)、海賊船が運休なら、折り返して始発になる桃源台から湯本駅行きのバスになら乗れる!ってことになり、桃源台行きに乗りました。

幸い13時前に海賊船一便が出発してくれたので、それに乗って芦ノ湖を渡って箱根町港からバスで箱根湯本に到着。
10時にチェックアウトして、バスを待つばかりで全然遊ばないまま、箱根湯本駅に着いたのが15時過ぎ頃。
(そうそう、箱根町港のお店もぜんぶ閉まってて、仕方なく唯一開いてた二階のレストランで、昼食にチキンカレーを食べました。1450円とちょっとお高いけど、上品で美味しいのでおすすめです。)




雪が降ると、ロープウェイも船もバスも、みんな止まっちゃうし、お店はほとんど開いてない。
なーーーんにもできなくなります。
フリーパスなんか買わなきゃよかったーーー、もう冬の箱根には行きたくなーーい
と思ってしまいました。。。

(遠回りして、海賊船に乗って、なんとか元は取れたかなぁ。。。)



あ、、どーでもいいことだけど、海賊船の船長良い人っぽすぎ、、にこにこしながら、立ち位置とか優しく指導しながら写真取ってくれる。
もっと怖くていいのに~~(笑)





よくなってきました。

あれから首の痛みもひどく、起きている時よりむしろ、寝る姿勢がどうにも痛くて、右向いても左向いても首から肩にかけて痛くなり、上を向くとさらに痛くなり、、、
枕の高さをいろいろ調整したりするけど、なかなか和らぐものがなく、結局横を向くときは、低い枕を使って、上を向くときはバスタオルを折りまげる程度の超低いものを使って、何度も何度も寝返りをうちながら「痛くて全然寝られないよ〜」と嘆きながらも寝返り疲れていつのまにか眠る。。。という日々を続けています。。

寝返りを打った瞬間は楽な気がするんだけど、3分もしないうちに痛くなってまた寝返るので、寝返るたびに毛布が体に巻きつき、布団がずれてベッドから半分落ちていき、朝になると、大抵毛布一枚にぐるぐる巻になって動けなくなってる自分がいます。。。。




まぁそれでも日に日によくなってきました。
お金に羽が生えてるくらい、鍼に行って散財してるけど。。。


MRIの結果も予想通りで、頸椎5、6番の間が狭まってるせいで首痛、親指人差し指の痺れ、痛みが発生してるらしいけど、今すぐ手術するほどでもないみたい。
このどうしようもない首痛は、ドクター曰く、
「こういう怪我的な、、突発的なものはだいたい治ると思いますよ」って。
ただ、指の痺れは消えない場合もあり、消えなかったら手術するしかないみたいで、、それだけは避けたいな。。。



何より嬉しかったのが、前回やった頸椎の7番は治ってた〜
前の医者のときは、もう老化のせいだから治らない、一生首を動かさずになんとか楽しく生きるしかないですね、、、的な、、ひどい仕打ちだったけど、、、、正常に戻ってたよ〜〜〜〜ん


だから今回も治ると信じて、前向きに頑張ります〜


実際、だいぶよくなってますもの
強くでなければ、ピアノも弾けるようになり、物もつかめるようになり、首の痛みも減ってきましたもの

来月にはきっと普段通りになってるような気がするのであります


スーパーブルーブラッドムーン皆既月食

すごい月食なんだね、今日は!


今日最後のレッスンの生徒さんと、何度も外に出て月を眺めました

私は首が痛くて、上が向けない!!!
頭を支えて仰け反って見たり、横に傾いて横目で見たり、いろいろ苦心しながら見ました(^_^;)



そして、その生徒さんが今日はすてきなプレゼントを持ってきてくれた~




すごくな~~い?
グランドピアノ、、しかも蓋が少し開いてる~~~



今日はレッスン中、ケーキを食べたり、月を見たり、盛りだくさんだったわ!!


あーーー首が痛い!

でもなんとか仕事復帰してます。。。

誕生日に初MRI

あーーーーー、、それはそれは、大変なことになっていたんです。。。



先週、写真家の青木氏と次曲の打ち合わせをしていて、ずっと食べてみたかったトリュフがあったので、追加注文してたくさん食べて、誕生日も近かったのでお祝いもして頂いて、それはもうはっぴ~な1日で終わるはずが、、、、、。



上機嫌で帰ってくる電車の中、寝てたみたいんだんだけど、ふと目覚めると、ちょっと気分悪くなりそうだなぁと思って、次の駅で降りた。。。。とこまで覚えてるんだけど、そこで記憶はぷっつり。。。。


気づくと駅員に抱えられ「大丈夫ですか!!!」と連呼されてた。。。




あーーーー、、またやってしまった。。。。貧血。。。





ここ数年なかったし、体調も悪くなかったし、もう治ったと思ってた。。。




呑まずに倒れると、大抵救急車を呼ぶか聞かれるけど、今回は結構呑んでたのもあって、どうみてもただの酔っ払いにしかみえず(まぁ実際否定できない)、恥ずかしくて、「すみません、、大丈夫です、」とタクシーを呼んでそそくさと帰ってきた。




帰ってきたときはとにかく寒くて寒くて、そのまま布団に潜り込んだけど、その後、両手の親指と人差し指が眠れないほど恐ろしく痛い。痺れて痛くて痛くて、、寒気もひどく、、、寒いよ、、痛いよ、、、と唸りながら迎えた翌日。



どう倒れたのかまったくわからないけど、左後頭部が痛いのと手の異常なほどの痺れと痛み、、、
うーん、、これはちょっと尋常じゃない。。
また首をやったかもしれない。。。


以前頸椎症をやって、相当辛い思いをしてから、なるべく首だけで上を向かないように気をつけてきた。
うがいも、水を飲むときも、頭を支えて反り返ってやるようにしてきた。


でも倒れる時って加減ないからね、、ガクンと首が後ろに行った可能性は大いにある、、、。
まずいなぁ。。本当にまずい。。。



その日はレッスン仕事だったけど、箸も持てない、水に触れると、剣山を空から落っことされたような痛みで、ピアノを弾くどころでなかったので、やむなくお休みにさせていただき、即病院へ。

こんな日に限って、雪がすごくて車が出せず、歩いて一番近くの整形外科まで行き、レントゲンを撮ってもらった。


するとやっぱり首からきてる模様、、、。


あーーあ、、、もう二度と頸椎症だけは嫌だった。。。
首は怖い。すごく大変なところ。しかも痛みは鍼でなんとかなっても、根本的には治らない。


でもここの先生はあまり悲観視してなくて、そのうち治るでしょう、、って感じだった。
ただ、「狭窄症になってると手術じゃないと治らないけどね、、MRIでみないとわからないから、、どうします?」って言われて、手術する気は無いけど、、、頭も打ってるし心配だからやっておこうと思ってお願いしたの。




で、その日はたいして効きもしない痛み止めと、痺れどめみたいな薬もらって帰ってきたけど、そこから始まる苦痛の数々。。。


とにかく痛いのなんのって。
前回は横になるとか、頭を置けばなんとかなったけど、今回は寝ても覚めても痛い。楽な姿勢がない。
しかも過去の経験からいくと、日に日によくなるどころか悪くなり、絶望的な気持ちになる。


すぐに前回治してもらった鍼治療院に電話して予約。



居ても立っても居られないほどの痛み。。
ほんと参った。。。



食欲がなくなり、去年激増した体重も元に戻り

ご飯のかわりにロキソニンでもお茶碗に入れて食べたいくらい。




あーーどうしよう、このままだったら、痛すぎて絶対頭がおかしくなる。。。。




天に祈り、気力を頼り、念力を使い、鍼治療をして、、、、


昨日の誕生日、奇跡的になんとか回復してきました
はぁ、、神様からのプレゼントだと思おう


まだ痛みはあるけど、とりあえず日常生活はなんとかできる!
箸も持てる!じゃんけんもできる!熟睡はできないけど、そこそこ眠れる!
水は触れないけどお湯なら触れる!



よかった。。。。。



何より、、、
時々首を支えて、休み休みでも、、これだけパソコンが打てるのだから、、、、

大丈夫。。




で、誕生日、、生まれて初めてMRIを受けてきた。


ドラム音がうるさいと思っていたけれど、ブザー音がうるさい。
すごーーい、、あのブザー音と機関銃音は危機感を煽るね。
私は消失してしまった絶対音テストのつもりで、「これC音かな、いやB音? 今度はG音かなぁ、、ちょっとピッチが悪いかなぁ。。」なんて紛らしながら受けてたけど、閉所恐怖症の人は無理というのもわかる。




しかし、、、頭も一緒に見てもらえると思い込んでいたら、頸椎だけだった。。。




不思議なことに、頸椎がよくなってくるに従って、左後頭部の痛みが主張し始めて、今、ブラシで髪をとくとか、寝るときにそこが枕に当たると痛い、、、くらいではあるけど、どうなの?
ここまで普通に生きてるから、もう大丈夫なんかね。たんこぶできてそうだけど。。。。



以前倒れたときは、おでこにたんこぶができて、内出血が眼に降りてきて、白目が黒くなってびっくりしたけど、そのとき「おでこは心配ないですよ。後頭部は気をつけないと危ないですけどね」と言われて記憶がある。
頭も見て欲しかったなぁ。。。






大変だった今年の誕生日。



本当に貧血は怖いよ。

以前、駅の階段で倒れ落ちて血を流していた女性を見て、本当に人ごとじゃないな、、倒れるときって思いきり倒れるから気をつけなきゃと思っていたのに、、、。




そんなんで、お祝いメッセージをくださった方々、そっけない返信でごめんなさい。
心配、応援してくださった皆様に心から感謝するとともに、ちょっと過信してた自分を猛省し戒めて、これから真面目に生きてまいります。。

と誓うりか姫でありました。

みかんジャム

お正月にたくさん頂いたみかんで、みかんジャムを作った。
一昨年作って美味しかったからさ~


今回は圧力鍋を使ってみたんだけど、あっという間にできていい感じ~
でも味見したら、あっま~~いの。。。


あーーあ、甘すぎちゃった。。。

なんか、、前回も甘すぎたような気がする、、、
学習してない、、、


みかんがまだまだたくさんあるから、もう少し実を増やしたら甘さが薄まるかな~と思って、あと10個くらい剥いて足して、もう一度圧力鍋にかけて、、、


できた~~~~と蓋を開けたら



あれれ、、昨日作ったビーフシチューと同じ色、、、、



おぅ~まいがぁーーーーー


焦げてるーーーーーーっ




あぁーーーーーーーあーー


人は失敗をして学ぶのだーーーー


幾つになっても失敗はあるのだぁ。。。




なんかちょっと香ばしい、ほろ苦い、ビーフシチュー色のみかんジャム完成~~~~


これじゃあ誰にもあげられなーーい


そうだ!黒糖みかんジャムと名付けよう!
うんうん!似てる似てる



後で10個も足しちゃったから、大量にできちゃったよ、黒糖みかんジャム。。。

どーしよーーーー、毎日食べなきゃ、健康にいいんだか悪いんだか、黒糖みかんジャム


中村家で新年会

昨日はフェドー劇場の中村家にお邪魔して新年会


といっても、ゆかり姫と俳協のりんちゃんと3人でささやかに。

秀さんが生きていたら、毎年賑やかな新年会なんだけどね。




そういえば昨年12月24日も、イベント仕事が終わった後、秀さんの命日飲み会。
イブだけど、たくさんの仲間たちが集まって、秀さんがいた頃のように賑やかに盛り上がりました。

ワクワクさんもいらしたよ!(もちろんゴロリの中身も(笑))




こうやって、舞台共演したみなさんと飲んでいると、「また舞台やりたいなぁ~」なんて気持ちになるねー。


いつもいつも秀さんに背中を押され、励まされて芝居なんぞやらせて頂いていたから、秀さんが亡くなって、フェドー劇場が活動しなくなってからは、すっかりやる気がなくなってしまった。。。






芝居は何が楽しいって、、、ひとりじゃないんだよね。。。
みんなで創ってる感が楽しくて。。。



歌は、、、私がやっている音楽は、常に一人で戦ってる気がして、孤独なんだよぉ。

独りで根詰めて、違う違う!とダメ出しては嘆いて、
『あーーーできない!私はもう終わりだーー!』と頭を抱えて、、、
時に『うーーむ!私は天才だぁ~~~!」などと褒め称えてみたりして、、、

ずっと独りで戦いながら、なんとかできあがって行く感じなんだよ。。。

あ、もちろん協力してくれる人がいてこそ、仕上がるんだけれどね。


なんというか、、、
芝居は最初からみんなで一つのものを創っている感、、私の音楽はそれぞれが自分のことを突き詰めて創ってから、後でそれらを一つにまとめて行く感、、がするんだよねぇ。。。
色々協力してもらっていても、同じ空間で創っているわけじゃないからね。


本番より稽古が楽しかったりしてね。。へへへ。。。



今年はなんかやろーかなぁ~~






2018年、平成30年でございます!!

わわわわ、、、あっという間に明けてしまった、2018年
しかも、なんだって?、、、平成30年だと〜〜〜


もうそんなかーーー。
平成生まれの人が30歳になっとるっつうことか、、、

すごいな、、、、これは、、、あたしも歳をとるはずだわぉん。。。





12月はすごく忙しくて、ブログアップするつもりで写真を撮ったり、下書きも書いたまま、、
アップしないうちに終わってしまった~。



そう、毎年秋に出しているりかクラスCDが、母の急逝で今年は年末になってしまい、重ねて、急遽クリスマスイブにイベントの仕事を頂いたんで、クリスマスのカラオケを手直ししたり、歌の暗譜したり(暗譜が辛いお年頃)別の仕事も重なって、てんてこ舞い。。。(あー!せっかくクリスマスドレス着たのに写真撮るの忘れたー)
そんなさなか、またしてもMac(ビデオボード)の野郎が壊れてしまい、パソコンが起ちあがらなくなってしまった!

パソコン自体が壊れることより、創ったデータが本番直前になくなる方が怖い!! お金じゃ買えないんだから!!!
幸い、外付けHDにバックアップが取れて、ビデオボードも前回の保証期間だったんで、すぐ無料で直してもらってことなきを得たけど、時間がない最中の故障は痛かった、、結構パニクった。



まぁそんなんで、毎日アタフタバタバタしてる間に、年末!



やっと仕事終わったーーーーーと思ったとたん、、、

がっつり風邪ひいた、、



一昨年末は母をグループホームに入所させることで、心身ともに疲労困憊していて何もできなかったから、今年はどうしてもやりたかった大掃除、、、。


特に気になっていたベランダ
頑張って磨いた!
風邪ひいてたけど、すごい頑張ってやった!



ベランダピカピカになった





そしてその夜、熱が出た、、、、



結局、大掃除はベランダだけ、、、、おせちも作れなかった。。。




熱は下がったけれど、無味無臭のまま迎えた新年

何にも味しない〜〜〜美味しくない~


早く治れ〜〜〜〜風邪〜〜〜〜



あ〜〜あ、、、今年は元気で楽しい年になりますようにーー

2017りかクラスCD完成〜〜!

2017CD



あーーーーーやっとできた!

今年は母のことがあって、レコーディングが秋になってしまい、まぁそれでも年内になんとかなる予定だったんだけど、、、他にイベントやら何やら仕事が重なり、かなりタイトな12月になってしまった。
気がつけば、今月一回もブログ更新しないままこんな時期に、、、



今年のりかクラスCDはなかなかレベル高いよ〜!
長く通ってくれてる生徒さんはもちろんだけど、新人さんもハイレベル!
嬉しい限りです
クリスマスに合わせたジャケットで、今日から皆様の手元にクリスマスプレゼント



あ〜〜私は寝不足で頭がぼんやりしてます、、、
最近著しい記憶力の低下、、、、本当にボケてきてるのかもと不安になります。。。



今日はまだまだこれから仕事が残ってるので、もう一踏ん張りします











じゃがビ~~

ぜーったい太ると思うけど、、


じゃがビーは美味しい、、、




煮詰まると食べたくなる、、、


煮詰まってばかりいると、、、



食べてばかりいる、、、



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ヘッドフォンの耳

ヘッドフォンの耳あて部分って取り替えられるって知ってた~?

長年ヘッドフォン使ってきたけど、私は数年前に初めて知ったんだー。。

こんなボロボロも、、、




外して取り替えれば





新品のようにピッカピカ~~






しかも純正だと結構高いんだけど、アマゾンで140円で見つけて、ちょっときつめとレビューにはあったけど、まぁやすいしいいか~と買って見たーーーー



いいんじゃな~~い〜




たった140円で新品同様~~~
うれぴ~~~ぃ



ちなみに、耳部分を合わせて置くと、収まりはいいけどくっついて劣化が早いので、
耳は合わせずにしまうよ~


  



  




▼追記の開閉

高尾山紅葉狩り

昨日、高尾山に紅葉狩りに行ってきました




高尾山は何度か登ったことがあって、甘く見てたら結構ハードでびっくりした覚えがあるけど、今回はケーブルカーと一番楽なコースで登ったので、あっというまに頂上に!
(団子食べて、階段登って、写真撮ってる間に着いたよーな、、、
こんなに楽なコースもあるんだ~~、、、これならお年寄りも子供も登れる~~と改めてびっくり


お天気にも恵まれ、とても気持ちよかったけど、紅葉はイマイチまだだったなぁ~~~、、、




今月はハイシーズンで、平日の朝だというのに賑わってましたよ。

駅直結で極楽湯もあって、登山帰りに寄りたかったけど、これまたすごく混んでそうだったんでやめちゃった。





そうそう、、京王線でいくなら、高尾山きっぷがおすすめ!
京王線どこの駅からでも往復乗車券とリフトかケーブルカーの券(往復か片道か選択可)がついて、2割引になるの。


今回私はこれを使って、上りは楽チンして、帰りはちょっとハードな山道を下りてきました。


楽チンコースなら、ラフな格好とスニーカーでも大丈夫だけど、山道コースは滑らない靴ちゃんと履いてね。
着るものは、登っているうちに暑くなるので脱げる厚着でね。

この時期、着るものってどうしてよいか相当悩んだけど、
寒がりな私は、ユニクロのエアリズムに長袖Tシャツ、UVcutパーカーに、防水バーカーを着て、、そしてウルトラライトダウンベストを買って持ってったよ、、(^_^;)

朝は寒くて全部着込んでたけど、頂上につくころはほとんど脱いでた。。
頂上は昼だったし、日差しも強かったから、半袖の人もいました

ウルトラライトってのは、軽くて持ち歩けるから、こういう時便利なんだね。
着てる人がたくさんいたよ。






それから、、帰りのリフトもおすすめだよ~。

す~~んごい高いところから乗るから、スリル満点!
今回は乗らなかったけど、、私のお気に入り





朝登って、お昼には下りてきて、麓のお蕎麦やさんへ。
でも、、、、どこも混んでて並ぶよーーーー

  (美味しかったよ。。小ぶりだけどね、、)




気軽に行けて、楽にもハードにも登れるコースがある高尾山はなかなか良いですぞ!

鯖缶

頂き物の鯖缶。


あまりに美味しくて自分でも買ったん。。
こんな美味しい鯖缶初めて~~
もう自分で煮る気なくなるー


結構高い、、、

でもオススメ


ユアーズホテルの鯖缶


▼追記の開閉
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ど、ど、ドリフの~

今日、BSでドリフの大爆笑やってて、たまたま見つけて、終わりの方少ししか見れなかったけど、
懐かしかったな~。。


すっごい古いやつだったみたい。。
ゴールデンハーフのエバちゃんが出てたよー


この頃って本当にハチャメチャで面白かったよねーテレビ。。
今はこんなこと放送したら、あれこれ言われて大変なことになっちゃうからな。。




しかし、、ドリフってすごいなぁーーー。。

ゲストに由利徹さんが出てたけど、この方も、、いるだけで面白い!
たった一人で、ドリフの全員を食ってしまうぐらいすんごい存在!


昭和の芸能界は、個性的な人たちがたくさんいて面白かった。


そーいえばコメディアンって、、平成には見かけないね。。。
芸人さんでひとくくりなのかなぁ。



コメディアンってすごいと思わない?!!




ドリフもクレイジーキャッツも、由利徹さん、東八郎さん、森繁さんの社長シリーズも、、


面白くてワクワクしたよなぁ。。。





そういえば、ドリフの音楽をやってらした、高島明彦さん、去年亡くなってしまったけれど、、、
この方もすごーい偉大な作曲家さんで、、、私は随分影響を受けた。
というか、コメディー音楽を作る人たちは絶対影響受けてると思う。
オチのME、ドタバタ音楽、、、、、(メイプル超合金さんのブパパブパパもここからきてるよね)

ほんと高島さんは天才!
私が若かったら弟子入りしたかったとずっと思ってた。





最近のテレビを面白いと思えなくなり、、SNSもあまり好きになれず、、、
昭和は良かった~~なんて言ってる私は、ホーーントに古い人間だわ、、、


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チキンラーメン食べた

チキンラーメンって、すっごい昔からな~い?

CMも口ずさめるくらい知ってるけど、実は食べたことなかった。。。

だって、、、、




ところが、母のところにたくさん買ってあった。




麺好きだった母は新しいラーメンが出ると必ず買って食べていた。
美味しくなかったら、美味しい具を足したり、スープをミックスしたり、骨から出汁を取ったりして、美味しく食べる工夫をしていた。





認知症になった頃、買ったことを忘れて毎日買ってくるので、冷蔵庫も棚の中も麺類でいっぱいだった。
しかも開けてから、、、きっと昔のようにスープをミックスしたり、なにか工夫しようと思うんだろうなぁ。
中途半端にあけて、結局どうするんだったかわからなくなって、スープと麺と袋がバラバラにはぐれて、どれがなんだったのか組み合わせも作り方ももわからなくなったようなのが、冷蔵庫にあふれていたっけ。。。


そうして何年も経って、ホームに入る直前はもう自分で作ることもできなくなり、買い込む事は無くなって、チキンラーメンだけがたくさん残ってた。。。
こういうの食べる人じゃなかったんだけど、、、簡単に作れるから買ってあったのかなぁ。


母の住処を片付けて、色々処分して、、、
封の開いてない食品は家に持って来たけれど、そのまま全く食べずに、家でも残ってたチキンラーメン。。。。




気づけば、、若干賞味期限が切れてた。。。。。。



もったいないから、、食べてみた。。。





ロングセラー、、、、




ある意味驚いた。。。





最近はチキンラーメンを美味しく食べるアレンジが流行ってるらしい。。。




そのまま食べたら、ベビースターラーメンの味がした。


ベビースターラーメンは大好きなのよ


あなたがいるから

あなたがいるから、、




窓が開けられないのよ。

網戸の内側にいるから。。


台風の間ずっとここで待機してたでっかいカメムシ。



出やすいように、網戸ずらしたり、叩いてみたりしてるけど、必死にしがみついて落ちない!

右に行って行き止まってはUターンして、左で行き止まってはUターンを繰り返すばかりで、、、。



殺さないであげるから、早くどっか行ってくれよ。。


やっと晴れたんだから、、

窓を開けたいのよ、、






くりくり坊主



栗剥き!
買って正解!!


栗むくのすご~い楽になった


栗、好きなんだけど、剥くのが大変であまり食べなかった、、、

これからはいっぱい食べられるーー


オススメー

新しいレイアウト

   


DTMやってると、鍵盤とパソコンとキーボード、マウス、そしてスピーカー、、
という色々置く物が多くてなかなかレイアウトに困る訳です。


鍵盤弾きじゃない人は、大抵、デスクとかエレクター等にパソコン関係と左右にスピーカー、小さい鍵盤(24鍵とかも有)で済ませるんだけど、鍵盤弾きの場合、やっぱり88鍵のキーボードをデンッとメインにセットした上で他の物のレイアウトを考えてしまう。



私の場合、レッスン等で譜面を見ながら弾くことが多いので、どうしても譜面台が必要なんだけど、譜面を正面に乗せると、なんと、、モニターにどんかぶりで、パソコン画面がなーんもみえなくなるのねん、、、



昔は右手側にPC関係をすべて置いていたんだけど、今は右側にWindowsが置いてあるので、一時、Windowsのモニターを切替スイッチでMacと兼用にしてみたりしてたけど、遠くてみづらいので、結局正面に移した。

んで、仕方なく、モニターを高くして、楽譜から半分位は見えるようにして、キーボードとマウスは右手にミニテーブルを置き、そこで操作をしてきた。(モニター見るときはいちいち楽譜をちょいどかしてのぞく)


この、譜面台、モニター、鍵盤、キーボード、、、という4品をすべて正面に置いて効率よく作業するのは不可能なんかな。。。





今までは大きなデジピに諸々乗せていたけど、今回はとりあえず手元にある安いデジピを使おうと、、本当は好きじゃないんだけど、高さが調整出来るのでエレクターを買って、なんとかうまく乗せられるよう考えてみた。


スピーカーを耳の高さにするために、今まで使っていたブロックの上に板を乗せ、その上に結構高い丈夫そうなレータケースを購入、、、ちょっといい感じでしょ?



↑こんな風にモニターの台座を作って、楽譜を使わないときは、この状態で使う。(う~~んなかなか美しい!




↑楽譜を立てると、台座があってもこうなっちゃうから、右側に置いてあるWindowsのモニターとデュアルにしてみる。
(なかなかいい発想!わたしすごい!



↑お、、なんかかっこいいじゃん!これでミラーリングにして、どちらのモニターからも見れるようにする。
(やるじゃんやるじゃん!わくわく




↑あ、、あれ、、、両方から見れるけど、画面が小さくなっちゃった、、、、、なんでやねん、、



なんか、、色々調べて設定変えたりしてみたけど、Mac側のワイドモニターが、どうしてもWindows側の小さいモニターのサイズになってまうーーー。。。
文字もなんとなくにじにじで見やすいんだか見にくいんだか、、、


しかもなんだかしらんが、よー固まる、、、、おもいんだろか、、、


超興奮してわくわく徹夜でやったのに、大して今までと変わってないーーー


同じ大きさのモニターじゃないとデュアルは上手く行かないのかなぁ、、、
知ってる人いたらおせーてください!


プリンターはもう昔と違って有線じゃないから、パソコンラックも処分して別の場所に移動。(便利な世の中!)
ついでにいろんなものだーーいぶ処分してお片づけ。

ここまでやるのに4日以上かかった〜〜。

まだ、廊下に片付けきれない物がゴロゴロ、、、、、






こんなに頑張って片付けてレイアウト変えたのに、生徒さん達みんな気がつかない。。

なんでやねん。。。


*CommentList

ドとミーー♪

長年愛用して来たデジピ(電子ピアノ)のドとミの鍵盤が戻って来なくなって来たーーーーーー




すごく古いデジピなので、もう4、5年前から、鍵盤の返りが悪くなって来ていたけど、とうとう本気でダメになってきた



どっかのクラリネットは、とっても大事にされてたのに、ドとレとミとファとソとラとシの音が出なくなってたらしいが(って全部じゃんか!)、こんだけたくさんある鍵盤(88鍵)の、たかだか二つくらい、ま、いーんじゃないの???


ってわけにはいかないよーーーー!!


センターのドとミはよく使うから、ここをやられると痛い。。
玄関と勝手口の前におーーーきな穴が空いてる位動けない。(よくわからない比喩


音は出るんだけど、『鍵盤が戻って来ない=鳴りっぱなし』ってことで、デジピの場合、ピアノ音源の音は消えても、信号は弾きっぱなし状態なので、データー打ち込みしてて、気づくと
「な、な、なんだ、、、このながーーい音のデーターは、、、
と30小節くらい(120拍)調子良く引き続けてるミの音を発見してびっくりしたりする



とにかく何より、やっぱり鍵盤が戻って来ないと、弾いていて調子狂う。





あ~あ、、いよいよかぁ。。。



これを買った頃は、今ほど音質もタッチも良くなかったから、ずいぶん楽器屋回って、試し弾きをして吟味して買ったんだよなぁ。
結構高かったし。。。。
でも、やっぱ昔の物は持ちが良いよ。20年以上元気にしっかり働いてくれた。
愛着もあるから、直して使いたいけど、、もうさすがに部品がないわな。

今はもっと良い音の物が安くで買えるけど、なーんかね、、すぐ壊れる、、、気がする。。。
物も人も、昔の方が壊れにくい気がするよ




あ~あ。
鍵盤買い替えるとなると、大変だー。。
マスターキーボードにしてたから、、配線全部外して、また設定し直さなきゃならんしー、、



実は一昨日は、Macが壊れて、修理したばかり。。

去年グラフィックボードが壊れて修理したばかりなのに、また壊れた
しかも、保障期間過ぎた途端に壊れた、、、、ばかやろぉ~~


Windowsは比較的安価で買い替えられるけど、Macは仕事ができる環境仕様に買い替えるとなると、本体だけで40万、周辺機器入れて50万くらいかかってしまう、、、、ぅ、、ぅ、、。


貧乏りか姫は、本体が壊れない限り、壊れた部品だけを交換して、なんとか使い続けるしかないのらよ。。
とはいえ、部品交換だって、毎回何万もかかってるけど、、、、



Macはなんでこんなにかかるんだ。。






、、とここまで書いて、アップし忘れているうちに、今度はキッチンの水道が止まらなくなり、洗面所の換気扇が動かなくなり、、、修理に来てもらった翌日、浄水器の水が止まらなくなり、、、、、



あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ


んも〜〜〜、、次々にいろんな物が壊れるーーっ



人も物も、みーーんな老朽化だよーー!もぉやだーーっ


よんごーよんさん!

テンキーを打つ時、数字を口ずさんじゃう人っているよね。
今の若い人はあんまりないと思うけど、、。


だって思えば、電話をかける時とかって、よく口ずさんでたりしたよね、
『えっと、03のー、、3、8~」みたいな。。。

今は携帯で番号を押すことあんまりないし、不思議と片手でプッシュするときは言わなくない??

面と向かってテンキーを見つめ、左手にメモ、右手でプッシュ、、みたいなときに言っちゃうもんだよね。
気合い入ってんのかな。




今日、、、

銀行のディスペンサーで、隣の年配のおばちゃんが、銀行のお姉さんらしき人に教わりながら、振込をしてたのよ。

んで、お姉さんが、「はい、じゃ、ここで暗証番号を押してください」といって、わざわざ一歩下がり後ろを向いたのに、
おばちゃん、「はい、暗証番号ね、、、、えっと、、よんー、ごー、よーん、さん!っと!」と大きな声で言いながら押したあげく、お姉さんが、「暗証番号押せましたか?」と聞いたら、「はい!よんごーよんさん!押しました!!!」と元気に答えた。。。

おいおいーーーーー、、、きっと良いおばちゃんなんだろうけど、こういう人が詐欺にひっかかっちゃったりするんだろうよ。。。。
ディスペンサーは横一列全部埋まっていて、おそらく全員おばちゃんの暗証番号聞こえたよ。


その後、まだ振込が続いていたのか、再度、「はい、では、もう一度ここで暗証番号を押してください」といってお姉さんが一歩下がり後ろを向くと、
「はい!よんーー、ごーー、よんーーー、さんっ!!」とご丁寧にもう一度大きな声で教えてくださった。。。。


さすがに私も覚えちゃったよ。。。4、5、4、3。



みなさんも知らず知らず言ってるかもよ。。。


気をつけてね


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納骨式終えて

先週、納骨も無事終えて、遺品の整理も大方終わって、や~~~っと落ち着いた。



先日も書いたけれど、ほんと、こういう儀式に疎くて、、、、
疎いのにいきなり喪主!!とか来るんだよねぇ、、(;''∀'')





納骨式のとき、「ではお焼香をお願いします。」と言われて、
「え???、あ、、あたし、最初??
だよねぇ、、、、あたしの親だもんね、、、。

(やばい、、、いつもお焼香って、前の人のを後ろから必死でみて真似してたから、よーわからん。どうやるんだっけ~~
色々仕切ってくれてる叔父にヘルプの目線を送るも、「いいからやれ!」的な目線が返ってきた。
(うっ、、うぅ、、どないしよう、、)と、心の中で唸りつつ、やむなく、ぬぬぬ~~っと正面に立ち、一回だけ焼香した後、悲しみをこらえるようなふりをしながら、正面の見事なお寺の飾りを凝視してたけど、内心、(手を合わせるん?、お辞儀だっけ?、、いや、変なことしたらおかしいかな、、どうしよ、、う~~んわからん!とにかく早く席に戻りたい!)と、思考回路全開で固まった末、、そそくさと参列の皆さんにお辞儀も忘れて、ぬぬぬぬ~っと席に戻ってしまった。。。。。。


続く皆様をみて、「あーそうだった!そうするんだったー!」と思っても、後の祭りで、笑ってごまかせる雰囲気なわけもなく、私一人が冷たーーーい汗をかいて終わりました。。。。トホホ


参列者が身内だけでよかったわ。
まったくいい歳して、ほんと情けない。。。





喪服を初めて着たのが父の葬儀。。。


昔はほとんど着る機会もなかったけど、ここんとこ、増えてきた、、、。


嫌だなぁ、、、、

こういう儀式にも慣れていくのかなぁ。。


それも悲しいなぁ。。。。。











呼ばれた気がして

呼ばれた気がしてふと見たら、門柱の上で、彼が独りじーーーーっと黄昏れていた。。





いや、、ファインティングポーズで固まってたから、シーサーのように家を守ってくれてたのかも。。。。
(実は怖くて近づけず、写真が上手に撮れなかった(^。^;)、、カマキリって飛ぶよね?)





あ、シーサーといえば、、、


家の外階段に置いてあった二頭のシーサー、いつからか雄の方がいなくなってしまった。


どこに消えたんだか、、、


どっこにもいない。
一頭だけ盗まれるなんてことないよねぇ?

何故に雄だけ消えたのか。。
どこに出かけたのか、、、

雌と喧嘩でもしたか?



まさか、、、、


今流行りの不倫、、、⁉︎











四十九日過ぎて、久しぶりにアップです

一ヶ月以上もブログ更新しなかったーーーーー


いや、、、書きたいことはいっぱいあれど、忙しかったり、気力が無くなったり、、、、。


時間が経つと、そんな書きたかったことも頭の奥の方にうずまって、、、
もうなんだったか忘れてしまって、、、、

あ~~、このまま私も呆けてしまいそう、、、、

って、また、ため息に埋もれて、、、。。




心配されるほど、落ちているわけでもないのに、、、

なんだ、、、、この、無力感は、、、、?!


という日々を過ごしておりました。。。。(^。^;)

(う~~ん、、文章までまとまりが悪くなってきた、、、)







先週四十九日が過ぎて、来週納骨するんだけど、、、



お墓とか、位牌とか、お寺とか、、、葬式もそうだけど、普段あまり関わってないことはまったく疎くて困るわ。




お葬式は、以前も書いたけどやってない。

直葬、火葬式、、と呼ばれる、、火葬のために本当に近しい人だけが集ってお見送りをするだけ。
最近はそんなふうに小さなお葬式が流行ってるらしい。

ささやかだけれど、ちゃんとお花を入れて、気持ちを持って送れたし、時間のある人だけでその後、近所で会食もしたし。
母みたいに、働いてるわけではない高齢者はこれで充分だと思う。




実は葬儀屋さんはネットで探した。

母が倒れてからすぐに逝かなかったおかげで、そういう時間がとれた。


最近は、引越や買取業者、修理屋さん等々、ネットで探すことも多くなったけど、調子のいい広告ばかりで、実際は「え??」ってことも多いから、本当に慎重に相談を重ねて、メール等記録に残しておくことを勧めます。

私が吟味して頼んだところは、15万円以下でほぼすべてやってもらえて、後祭壇一式もついてて、とても良心的でよかったよ。
やっぱり葬儀関係はわからないことが多いし、バタバタしてて手が回らないことも多いから、全部やってくれるところ、色々相談に乗ってくれるところがいいね。
最初は安いと思ったのに、あれもこれもオプションで、結局結構高くついたなんて話も聞いたので、頼む前によく確認してね。



ただ、それだけで終るわけじゃなく、今度はお墓。
戒名だの、墓石に名前掘らなきゃだの、納骨式だの、色々色々、やっぱりお金かかるんだなぁ。。。



うちは、父も母も儀式的なものが嫌いな人達で、結婚式も葬式も、そんなことにお金をかけるのくだらん派で、(^。^;)
家に仏壇もなかったし、お墓参りなるものも行った記憶がない。。。(まぁお墓はどちらも遠かったからね)

だからそういうことが全然わからない。。。



実は10年以上前に亡くなった父の戒名すらあんまり興味もなくて、、、
だって戒名聞いてもピンと来ないし、、、俗名(普通の名前)の父がやっぱり私の知ってる父上だもの、、。

そんな高いお金出して戒名って必要?????
、、、、、、って思っちゃう。。。。

でも、ちゃーんと父の戒名をつけていただいているから、母だけ無しで樹木葬ってわけにもいかないものね、、
(母は生前、お骨は海に撒いてくれるか、桜の木の下に埋めてくれても良いよ~と軽く言っていたけど)



御香典も、半返しするくらいなら、最初から半額でよくない??
、、、、、、って思っちゃう私(^。^;)

親戚なんかは結構高額で包んでくださって、、申し訳なくて、、。
それが相場だから仕方ないと思うけど、内心
「お返し要らないから、半額にしてほしいわ~」って思ってると思うんだよなぁ~~。。
私だったら思うなぁ~~~~。

自分が御香典出すときも、お返しは要らないですよ、って言うんだけどね、、、
そういう訳にも行かないんだろうね、、、世の中。。。




ところで、『行年』と『享年』の違いって知ってた???
位牌の戒名の下に『位』っているとかいらないとか、
『行年○○才』なのか『行年○○歳』なのかとか、、、


ネットだと、行年は満年齢、享年は数え年ってあるけど、家のお寺さんは逆みたいなんだよねー。。。

位牌とかお墓とかも、お寺さんの宗派によって色々あるらしくて。


でも、そもそも、お寺さんの宗派すら、興味がなく、宗の違いさえわからん!
だって、その宗教に入ってないもん!!!


日頃、「宗教嫌~~~い!あえて言えば、私、りかちゃん教!!」とか言って、クリスマスやって、神社に初詣行って、観光地でお寺巡りするような私が、こんなときだけ宗派にこだわるってことないもん。




って、、、罰当たりかしらねん、、。



日本古来の習慣などが、受け継がれていくことは良いことだし、大事だと思うんよ。

ただ、親から受け継がれないとわからないし、派が色々あってわかりにくいし、何かと日本古来のものって高いから(なんか無駄に高い気がしてならない)、このままだと廃れてしまう気がするよ。




私は父母からそういったことを受け継がなかったし、私に子供がいないので、これ以上受け継がれないけど、、
他の皆さんは、日本の悪しき習慣をやめ、良き習慣を受け継いでいって頂きたい!!!

と、無責任に思うのであります。。








母の気持ち

もうあの日から一ヶ月。。
先週、ちょうど三週間目の7月8日土曜日、身内だけで火葬式をしました。





そして先週末、グループホームの荷物をすべて出して、退去の手続きをしてきました。
こないだ入居の手続きしたのに、もう退去。。。




色々お世話になり、ありがとうございましたと感謝を告げると、ホーム長さんも、
「あまりに突然のことで、、、あのまま、もう会えないのかとスタッフもショックを受けていたので、戻って来てくださって本当に良かったです。スタッフ全員、ようこさんに会うことができたし、私たちも嬉しかったです。一番若いのにすごく大人で、お手伝いも色々してくださっていたから、、、、今でも毎日ようこさんの話をしているんですよ」と答えてくれた。

「そういえば、亡くなる2ヶ月くらい前から、娘さんのことをすごく気にかけ始めて、お金のことを心配したりしていたから、もしかしたら、どこかでわかっていたんじゃないかしら、、」、、なんて話もでていたそうだ。




そうか、。。。




実は、、

現実的でクールな母が、なんであんなに頑張って生きようとしたんだろう、、ってずっと考えていたの。


歳を取って醜くなることを嫌悪した母
認知症が進んで惨めな思いをしたくないと思い続けた母
食べられなくなったら死んだ方がいいと言っていた母

あの状態で生きたいと思うはずがない母が、なんであんなに頑張っていたんだろう、、、って。



「あたしはもういいかな~。せっかくホーム入れてもらって悪いけど、しっかりしてるうちに逝かせてもらうよ。んじゃ、お先に失礼~~

母は絶対そういう人だ。。





山場と言われた最初の三日を乗り越え、熱が出てまた危ないと言われた翌週も乗り越え、このまま長くなるかもしれないと言われた時は、本当に悩んだ。
わざと困らせてるのかと思ったりもした。。。


元気なら、、、、今までのように笑顔が見れるなら、、治療したと思う。
でも、意識のない状態が続くか、、もし、頑張ってよくなったとしても、半身麻痺、食事も出来ず、まともに喋ることもできない可能性が高いあの状態で、プライドの高い母が生きたいと思うことは絶対無い。



じゃあ、なぜ?

私の選択は間違っているの?本当はもっと生きたいの?
もし生きたかったら、ね、お願い!夢に出て来てでも、私にそう伝えて!と願った。



でも、母が夢に出てくることもなく、、導かれるように看取り介護をするため、グループホームに戻って来た。






認知症が発覚してからの母には本当に苦労したけれど、いつからか、必ず、私たちにとって一番良い方向に進んでいるんだと信じるようになった。
母が骨折して、私が世話をすることが多くなっても、ホームが空いて、入居することになっても。。。
いつもいつもどこかで、ちゃんと良い方向に導かれてるんだという思いがあった。
(なんかね、いつも亡き父が助けてくれてるような気がしたんだ)

だから、流れる方向でいいんだと、、いいはずなんだと、、





そして、スタッフさんの話を聞いていて、確信した。





母は私に伝えたかったんだ。



もう喋ることができないから、、、、



ホームのスタッフさんを通して


娘をとても愛していたこと、みんなに感謝していたことを。。。








ホームでの三日間、、、たった三日間だったけど、
スタッフさんから、私の知らない母の事を色々聞かせてもらった。
ここに戻って来て、こういう時間がなければ、聞くことはなかっただろう。

特に二日目の夜は、偶然、母の担当のスタッフさんが夜勤だったので、彼女だけが知っていた母の本音を、みんなが眠った静かな深夜、、、たくさん話してくれた。


いつも私に会いたがっていたこと、娘に会いたいけど、今更どうやって接していいかわからないと悩んでたこと、お金が少しでもあるなら残してやりたいと言っていたこと、そして、みんなに感謝してるって言ってたこと、、、





私は母が倒れて二日目に、ありがとうって言わなきゃ!!って思って、母の耳元にそれを伝えられた。。。

きっとあの時、母は聞こえてたんだ。。。

でももう動けなくて、、、喋れなかったから、、、、


なんとか私に伝えようと、、意地でも頑張って生きて、ホームに帰って来て、、、
スタッフさんから母の気持ちが私に届き、
翌日、旅立つ衣装を決めて、、
そうしてやっと逝けたんだね。。。



ったく、、母らしい。。。








もっと早く言ってくれたら、たくさん会いに行ったのに。。。
大丈夫だよ、充分だよ、私も感謝してるよと言えたのに。。。。





元気にもっと生きててほしかった。。。







不思議なもんで、あんなに大変で辛かった日々も、終ってしまえば、愛おしいほど懐かしい。





ものすごい意地っ張りの母と、その血を引いた私が、最後の最後になんとかわかり合えて良かったのかな。。




私はなんだかぽっかり穴が空いてしまって、今、少し生き方がわからなくなっているけれど、、、


ぼちぼち日常に戻っていかなきゃね。。。









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ありがとうの一日

そして7月6日、4日目の朝、夕べと打って変わって、とても容態が悪いと午前中に電話が来た。



宵っ張りで朝が弱い母の体調が、こういうときも出るんだなぁと思いながら、そういわれて今まで何度も超えて来たので、今回も大丈夫かなと思っていたところ、、、
お昼に再度急変を知らせる電話が来て、急いでホームに着いた時

母はもう、、、、静かに眠っていた。。。。






ホーム長さんがずっと手を握っていてくださったそうだ。



「穏やかでした。。。とても。。。少しずつ呼吸の数が減っていって、静かに、、、消えるように、、、呼吸が止まりました。。。」





そうか、、、良かった。。。


苦しまなくて、、、、、



母の事だから、私には死に際を見せずに逝くかもな、、って思ってたから、、、
それならそれでいい。



だって、、



ひとりぼっちじゃなかったからね。

スタッフさんがいっぱいいる時間で、訪問看護師さんもいらして、みんなに囲まれてたもんね。

昨夜、たくさん喋ったもんね。

洋服、選んでおいて良かったよね。







ホームはちょうどお昼時で、リビングからは賑やかな日常が聞こえたけど、そんな中でスタッフさんが全員、代わる代わるさよならを言いに来てくれた。




母の名を呼んで、、
手を握って、、思い出を語ってくれたり、お礼を言ってくれたり、たくさん褒めてくれたり。。。




スタッフさんたちの優しさに涙が出る。。。








訪問看護師によって、綺麗にお化粧してもらって、昨夜選んだお出かけ着に着替えると、グループホームのスタッフだけでなく、併設している特養のスタッフや職員の皆さん全員がエントランスに集まり、お見送りをしてくれた。
総勢50名くらいいただろうか。。。




あのまま一人暮らしをしていたら、こんなことあり得なかった。


逝く母の為に涙を流す人は私以外にいなかっただろう。。。


もし療養病院に転院していたら、もっと長生き出来たけど、こんなにたくさんの人達に愛情をもって見送られる事はなかっただろう。





母が亡くなった悲しみより、母の為に一生懸命介護して、泣いてくれたスタッフさん、
職員全員集めて見送りをしてくれた施設の心意気が、嬉しくてありがたくて、、涙が止まらなかった。。。






母にありがとう

ホームにありがとう

介護スタッフさんにありがとう

支えてくれた親戚にありがとう

応援して励ましてくれた友人にありがとう





悲しみより、人の温かさに包まれて、、、

ありがとうでいっぱいの一日になりました。



*CommentList

穏やかな日常

ホームでは、スタッフさんが多い日中はお任せして、夜勤スタッフ一人しかいなくなる夜中にサポートを兼ねて面会に行くことにした。



日中は、訪問看護師が来て、痰を取ったり、スタッフさんに色々ケアのアドバイスをくれていたようだ。
身体や口の中を綺麗にしたり、褥瘡を防ぐ為に二時間に一度必ず体位変更をしてくれたり、バイタルチェックもまめに行いながら、いつものようにたくさん声をかけてくれていた。





7月4日、二日目の夜は、母の担当スタッフさんが夜勤だった。
他の利用者さんのケアの合間に母の部屋に来ては、母との思い出話を色々聞かせてくれた。



「ようこさん、よく夜中に「お腹空いた~、ご飯食べてないー」って起きて来て、一緒に甘いコーヒー飲んだりしたんだよね~」と、母が好きだった甘いコーヒーを入れて持って来てくれた。



「あのねー、こんな事言ったらようこさんに起こられちゃうかもしれないけど、、
『あたし、若い頃あんまりあの子に構ってやらなかったから、今なんかしてやりたいんだけど、、、どうやって接して良いかわからないんだよねー。。』
『娘には会いたいけど、、迷惑はかけたくない。あの子にはあの子の生活があるから。。』
『年金が少しでも残ってるなら、あの子に残してやりたい。苦労かけて申し訳ない』
、、ってよく仰ってたんですよ。」




え~~?、、私の顔見ると文句ばっかりで、ほんっと会うのが憂鬱になる母でしたよ。。。



「もう、、ようこさんは、本当は寂しがり屋なんだけど、すごく意地っ張りだから、恥ずかしくて言えないんですよー。。。娘さんにはいつも会いたがっていました。本当に娘さんの事いつも想ってらしたと思います。」





そんなこと、、、、、今更言わないでよ、、泣けてくる、、、。





担当のスタッフさん、若い方なので、あの母の事だから馬鹿にして意地悪でもしてるんじゃないかとすごく心配していたのだけど、、、
「いえいえ、むしろ娘(孫?)のように可愛がってくれて、たくさんお喋りしてくれたんですよ~」

「(母が倒れた)あの日も前日もお休みしていて、出勤したらこんなことになっていて、、、すごくショックで、、、。亡くなるかもしれないとか、転院するかもしれないって聞いて、もうこのまま会えないのかと思ったらすごく寂しかったんです、、、だから会えて良かった、戻って来てくれて良かった。。。ホームに戻って来てくれて本当にありがとう」と涙ぐんでお礼まで言ってくれた。



その日も私は泊まる覚悟で行ったけれど、彼女は特養で技術を磨いた人で、グループホームのスタッフにはちょっときついと思われる、母のような寝たきりの介護も上手に手際良くやっていたので、翌日仕事だった私は、安心してその日帰らせて貰ってゆっくり休む事にした。








3日目の夜も、同じように夜勤のスタッフさんが、度々部屋に来てはお話ししてくれた。


「ようこさん、夜中に『ご飯食べたっけ~?』ってちらっとこちら(キッチン)を覗くのよ。だから『食べたわよ~』って言うんだけどね、、、そのまま緑茶を入れて、お煎餅を食べてよくお喋りしたのよ。お買い物のときもね、彼女、チャキチャキで、冗談が好きで、楽しかったわね~~!」


毎度みんないろんな思い出話をしてくれる。
母に話しかけながら、楽しそうに、懐かしそうに。。。。






しっかし、、宵っ張りだった母は、やっぱり夜中ゴソゴソ起きてたんだな~、、、(^。^;)

でも、みんながちゃんと相手してくれて、結構幸せだったんじゃん





日常のお買い物の話や、お料理をいっぱい手伝っていた話や、イベントで張り切ってた話や、仲良しさんが出来て、いたずら2人組が出来かけていた事や、、、、

姉御肌でムードメーカーで、スタッフの人気者だったんですよ!って言ってもらえて、なんか嬉しかった。



一人が好きなんだ!ほっといてくれ!
ホームなんてまっぴらごめんだ、そんなとこ入るくらいなら死んでやる!!


と言っていた母が、本当は寂しがり屋だってみんなにばれてて、上手に相手をしてもらって、日々穏やかになって馴染んでいけたんだ。。。
ホームに入れた頃は、眠れないほど心配したけど、、、良かった。。。。。





今朝は血中酸素も下がり、血圧も下がり、ちょっと調子が悪そうだったらしいけど、夜には血中酸素も90近く戻り、熱も平熱になり、とても穏やかに見えた。

普通にいびきをかいて寝てるみたいで、このまま「喉乾いた~お腹空いた~!」って言いながら起きてきそうだった。



私は一緒にテレビを観たり、アルバムを開いてみたり、(最期に着る服を用意してと言われていたので)「お出かけ行くなら何着る~?これが良いかな~?あれがいい?お寿司食べに行きたいね~』と言いながら色々洋服を出して選んでみたりしながら、母に話しかけた。


なんだか穏やかに笑っているようにも見えた。




もしかしたら、奇跡が起きるかもしれないな。。。



そんな思いが涌く3日目の夜だった。。。














おかえり

今朝10時に病院に行って、退院の手続きやら支払いやらを済ませ、11時にはグループホームからストレッチャー付搬送車がお迎えに来てくれた。



看護婦さん達に手伝ってもらい、無事、車に乗り、担当医師も玄関まで見送ってくれた。
終止妙に冷めた医師だったけど、最後に一言「頑張ってね」と車に乗った私たちに小さく声をかけてくれた。





大好きなドライブ 
窓の景色は見えたかな 







グループホームに着くと、スタッフの皆さんが「おかえり~~」と迎えてくれた。


舌根沈下が起きてからはずっと呼吸が苦しそうで、常に横向きに寝かせていないと、舌が詰まって窒息してしまう。
救急病院では褥瘡を防ぐ為に、フカフカのベッドにたくさんのクッションを身体にかまして、二時間に一度は寝返りを打たせてくれていた。
たくさん管が入って可哀想だったけど、そういう見えないケアもしっかりやってくれていたんだと思う。



グループホームでは常時そばで人がみている訳ではないし、体位も日中は2時間に一度できるが、夜間は難しい。
着いてすぐ、訪問看護師さんが痰をとってくれたけど、病院のように苦しそうになったら、すぐ取ってあげるなんてこともできない。




大丈夫かな、、、



あ、、、なに気にしてるんだろう。
看取る為に連れて帰って来たのに、、






訪問診療の医師も、午前中の外来を終えてすぐ来てくれた。



「ご家族もお辛かったでしょう。」

と、まず労ってくれた。
電話でお話ししたときもそうだったけど、とても温かい。
穏やかにゆっくり話しかけてくれる。
それだけで泣きそうになる。





母の様子を診断して、
「もう何もせず、自然に任せてあげましょう。」と言われた。




「今の状態だと、痰を取りすぎても、その刺激がご本人の負担になり、点滴をしても、内臓が動いていないので、もっと苦しめる事になってしまいます。
それより、耳は聞こえてるかもしれませんから、たくさん話しかけてあげてください。手を握ってあげたり、喋りかけてあげる事が一番の緩和になりますよ。
それから、、(息を引取るとき)お母様はだれかがそばにいる前で眠りたいかもしれないし、もしかしたら、だれもいなくなってから、そっと一人で眠りたくなるかもしれません。どちらでもご本人の好きなときに眠らせてあげましょう。ご家族は何も気にしなくていいんですよ。ご本人が決める事ですから。それより、ご家族が根詰めて参ってしまってはよくないですよ。元気に見送ってあげましょう。決して無理をしないでください。」


お坊さんみたいに穏やかに優しく話してくれて、なんか胸につかえてるものがすっと取れた気がした





そうだ、いいんだ、、これで、、、







スタッフさんが
「テレビ付けようねー、サスペンスが大好きなんだよね~~~」と言って、大好きなテレビを付けてくれた。



管が全部取れて

私が持って来たクッションやら布団やらを身体にかまして

ようやく落ち着いて、私や馴染みのスタッフさんに囲まれて

心なしか、母がほっとしてるように見えた。








私はここ数日眠れなくて、、

一旦帰宅して遅い昼食を取ったら、なんかちょっとほっとして爆睡してしまった。。。。。




今夜はシャワーを浴びてからまたホームに行き、朝まで母のそばに付いている事にした。




「もーいいよー!そこまでしなくてー!あたしは平気だから、あんたは帰って家でゆっくり寝なよ!」

って言われた気がした。。。


うん、、、まぁ、今日ぐらいはね、そばにいさせてよ。





看取る勇気を。。。

いよいよ明日


母をグループホームに連れて帰る






6月中には転院するつもりだったのだが、週初めに呼吸が少し粗くなって来たので、あと2、3日かもしれないと言われたため、今週いっぱい転院を引き延ばした。






でも母は生き延びた。。。


もう駄目かも、と何度か言われつつも、母は生き延びている


心拍数130以上で2週間生きている


走り続けてるのと同じだよね。。




70歳過ぎても水泳をやっていて、2kmぐらい泳いでたから、プールでも「すごいおばあちゃん」と言われてた人だ。
1時間自転車に乗ってプールに行き、1km泳いで、また1時間自転車をこいで帰って来てた人だ。。



ほんとに心臓強い。。。。


それがいいことなのか、、
とにかく今は呼吸が苦しそうで、見ていて辛い。


このまま病院でいろんな治療してみたほうがいいのか、、、


ほんとうに悩む、、、







親御さんが同じような状態で亡くなった人はまわりに結構多い。
みんな「大体、3ヶ月くらいで亡くなったよ」って言ってた。。。



このまま療養病院に任せて、何かあったら連絡してくださいって言った方がずっとずっと楽。。。


母もその方が幸せだろうか???



無理な治療はせず、なるべく楽に逝かせてあげたい
温かく、人間らしく見送ってやりたい。。。



そう思うけど


看取るということは本当に本当に重い、、勇気がいる




でも、母が私の立場だったら

「なるべくお金がかからないやつにしようよ。手間がかからない楽な方にしようよ。もうさ、どうせ死んじゃうんだからさ、歳取ったら。。。だからいいんだよ。若い方が、生きている人の方が大事!どーでもいいけど、めんどくさいのは嫌だよ、あたしゃ!」

っていうだろうな。クールだからなぁ。


もし、母が私の隣にいたら、
「どうだったいいんだよ、私のことは。あんたの一番いいようにしな。あんたが一番楽なようにしなよ。私の事は気にしなくていいんだよ。大事なのはあんたの人生なんだから。」

っていうだろうな。間違いなく、、、。






倒れる前の母に戻れる可能性があるなら、、治療してみるけど、、



生き延びているだけの母なら、生かされているだけの母なら、、もう、、、、、


「格好わるい姿で生きたくないよ。人に迷惑かけてまで生きたくないよ。美味しい物食べられないんなら、歩けないんなら、やりたいことできないんなら、さっさと死なせておくれよ!」


プライドの高い母はそういう人だ。



そう、、、




でも不安。。。
とても。。。

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看取り介護

ご心配おかけしました。
エールを下さった方、死ぬな!と言ってくださった方、、ほんとにありがとうございます
バタバタと日々大変で、お返事出来なくてごめんなさい。。。なんとか頑張ってます。





病院の方は、救急病院ということもあって、とにかく早く出てもらいたい様子で、延命治療をしないことを了承してくれた療養病院を二つ紹介された。




一つは、ホームに入る前のかかりつけ病院で、家から近かったので、26日、とりあえずそちらに面談に行った。




入院病棟は新しく綺麗だったけれど、老齢病院なので、入院している患者さんはみな、重度の認知症や障害を持っている。
もちろん母もそういう症状ではあるけれど、、、、

なんか、、ここは、、、、、、本当に悲しくなる位、、、絶望的な気持ちになる。



それでも生きなければならないのか、、
人生最期の場所はここなのか。。。


「やだやだ!こんなとこやだ!あたしゃこんなとこ入るくらいなら死んだ方がマシだよ!」
間違いなく母なら叫ぶだろう。




入院費用は、母の場合食事も無いし、控除もあって、聞いていたより安く、月額15万くらい。
ただ、病院の方針としては、延命はしないとはいえ、中心静脈栄養は絶対ということだった。
面談はソーシャルワーカーとなので、それ以上の治療法は医師でないとわからず、医師によっては、経管栄養や胃瘻などをする可能性もあり、それは入院が決まって担当医が決まらないとわからないと言われた。
そこが、大事なところなんだけどな。。。
一度管を入れたら、もう抜くことは出来ないからね。



病院は基本、治療をするところなので、何らかの治療をしないわけにはいかない。
したくないなら、家に連れ帰るしかない ということだ。




家で看取る


昔なら当たり前のことだったかもしれないけれど、現在、同居していなかった母を入れる部屋もなく、そんな重いことを一人でできる知識も勇気もない。情けないけど。。。



で、、母が半年間過ごしたグループホームでの看取りを考えてみた。
自宅で一人では看取れないけど、介護のプロ達と一緒なら。。。



ホームで看取り介護をやっている事は、入所時に説明を受けていたので知っていたが、実際には皆さん未経験で、今の状態の母の看取りは、負担が大きすぎるだろうからなるべく避けるつもりだった。


でも、このまま栄養を与え続けて、何かの合併症になって亡くなるまで待つような入院生活、、、、
そんなのやっぱり、、、違うと思う!




医学的なことも、死のことも、私にはよくわからないけど、、

本来、人は死に近づいたら、食べ物を受け付けなくなり、飲み物を受け付けなくなり、衰弱して息絶える。
それが一番自然で、自然に任せることが一番の安楽死なのだそうだ。
身体はちゃんと、楽に死ねるようにできているのに、栄養を与えないと弱ってしまうとか、水をあげないと乾いてしまうとか、余計なことをするから、痰が絡んだり、感染症になったり、元気が出た分苦しみや痛みを感じてしまったり。。


もちろん、すべてにおいてそうとは言えないかもしれないけど、この話にはすごく納得できた。。。



母は、、、

点滴をあちこち刺して、痣だらけになって、だんだん刺すところが無くなってきた、、

手足がむくんできた。。。

経管栄養してから、熱が下がらなくなった。。

今週から舌根沈下が起きて、とても息が苦しそうになった。

昨日、息が苦しくていびきがひどいため、他の患者さんが眠れないとクレームが来てるので、個室に移ってほしいと言われた。

なんか、治療せずに居ることは、すごく迷惑みたいだ。。。。





先週、グループホームのスタッフさんに、それとなく看取り介護のことを聞いたとき、
「あー、、やってます、、やってますが、、施設長に聞いてみないとちょっとわからないですけど、、、」
と、正直ちょっと困ったような、自信なさそうな表情に見えたので、やっぱり、、悪いかなって思った。。

けど再度、施設長さんに現状を伝え、看取り介護をお願いすることは可能かとメールしてみたら、

「ホームではもちろん看取りを含めた訪問看護医と契約していますが、私たち自身は医療行為はできませんし、常時付きっきりで診ていることもできません。それでもよろしければ、出来る限りの介護はさせて頂きます。初めてで不慣れなことがたくさんあるかもしれませんが、、。笑顔で優しかったお母様が急にいなくなって、スタッフもみんな寂しがっていましたから、ホームに戻られたら、お元気だった頃と同じようにお声がけしながら、やれることを精一杯やらせていただきますよ。」と快諾してくれた。


なんかとってもあったかい気がした。。。

医療行為はなくても、温かい介護と仲良くして頂いたみなさんに囲まれて、自然に全うできるようにしてあげよう。

その方がいい。



ホームと契約している訪問看護医も、「ご家族も大変ですね、お気持ちはよくわかりますよ。余計な延命治療はしないで、患者さんがなるべく辛くないよう緩和ケアをしながら、自然に穏やかに逝けるように尽くして行きましょう」と言ってくださった。



すごい決意。。

転院(転所)は来週月曜。




今日、母に会いにいくと、病院の廊下に聞こえるほどの舌根沈下による大いびき。。。
本当に苦しそう。。。。来週まで持つだろうか。。。



病院側は、

ほんとに治療しなくていいんですか?
本当に(そんな不慣れな)ホームに戻していいんですか?
(管を外したら、絶命してしまうかもしれませんよ、、、)
ほんとにいいんですね?


そういわれると揺らぐ。。。

でも、、、




なんとか楽にしてあげる方法はないの?。。。

治療をした方がいいのか、、、、
治療した方が苦しいのか、、、、


気持ちはいつまでも揺れて、、、、


私も苦しい
















*CommentList

アミロイドアンギオパチー

簡単にいうと、アミロイドが溜まることで血管が詰まり、結果破裂して脳出血を起こしてしまうような血管障害。

知らなかったけど、認知症の人に多いらしい。


母も救急で運ばれた当日、ドクターからアミロイドアンギオパチーの疑いありと言われた。
検査の画像では脳の半分は出血で真っ白になり、それにおされて脳幹もずれてしまっていた。



この2、3日が山場ですねと言われて、諸々考慮して1週間、仕事も予定もすべてキャンセルして、もしもに備えた。





そして、一週間が経った。。。




母はまだ生きている、、、、




全く意識がないまま。。。。






アルツハイマーの人の脳はスカスカに空いていて、大出血した血液がまるでスポンジに吸い込まれるように脳に吸われて、そのままなんとなく安定してしまうことも多々あるそうだ、、、。



え、、、?






母は山場を超え、安定してしまった。。。
植物状態のまま。。。





最初の3日間、意識は無いものの、右手が動き、気のせいかもしれないが、手を握り返してくれることもあった。
まだ通じ合えるものがあった、、生きている母を感じることができた。



4日目、面会に行くと、鼻から管が入っていた。
鼻から管が入っているせいか、少し息苦しそうで、口を開けて、ガーガーいびきをかくように寝ていた。
手を握るととても熱くて、熱があるように思えた。
話しかけてももう聞こえてない気がした。。。



5日目、ドクターに「ここから先は別の病院、療養病院に転院してください」と言われた。
「あの、鼻から管が入っているのはなんなんですか?」と聞くと、「栄養を入れてます。でもほんの少しです。別に延命ではありませんから。」と言う。


え??何故?

母はこの日も鼻の管が苦しそうで、無惨な顔をしてガーガーと口を開けて寝ていた。

他の人には根拠が無いと言われてしまうかもしれないけど、、、
4日目から私は、そこに母を感じなくなった。
母の意識というか魂と言うか、、、なんか、、もう通じてない、
ここには母がもういない、、と感じるようになった。





療養病院。

家の方だと入院費が月額20万円を超える。
なんでそんなに高いんだろう?





延命治療はしないで!母も私も希望してない。
このまま静かに逝かせてあげられないの?
あの状態で生き続ける、生かし続ける意味があるの?



眼も開けない、喋れない、食べられない、水も飲めない、意識も無い。
もしプライドの高い母が、あちこち管を入れられて、口を開けたまま哀れな姿で横たわる自分の姿を見たらどんなに嘆き悲しむだろう。





病院側は「日本では尊厳死は認められていないんです。だから治療するしか無いんですね、ここではね。ここは救急(病院)ですから、手厚く看護しますから。転院先で相談してみたらいかがですか」




このまま、意識が無いまま、月に20万円以上かけて、高齢の母に望まない栄養を与え続けるの?


もし万一、目を覚ましても、左半身不随、嚥下障害、意識障害、認知障害で、自分が誰かも、私が誰かもわからなくなって、動くことも食べることもできないなんて、もっと不幸じゃないの?!

きっと普段の母なら「冗談じゃない!こんなんなら死んだ方がマシ!やめてくれ!さっさと逝かせてくれ!!」と大暴れするだろう。





どうしたらいいの?




6年の長い介護がやっと終って、ちょっと燃え尽き症候群だったけどそれも超えて、、、


やっとテニスにも復帰して、
やっと音楽活動再開に向けて準備を始めて、
自分の人生に戻れると思っていたのに、、、、



またこうやって、母のことに追われて、、




いったいいつまで続くの?




もう、、、
老人なんて、、


歳を取るなんて、、


絶望しかない



母が逝けないなら


私が死にたい








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プロフィール

りか姫

Author:りか姫
国立音楽大学卒業
作曲家/ボーカル講師/歌手/女優   

≪主な作品≫
らんま1/2・機動警察パトレイバー・あぁ女神さまっ!・JR東海・白樺リゾート池の平ホテル・NTT・グリコ幼児牛乳・前橋ケイリン他(歌・コーラス)
中森明菜・藤あやこ・水森かおり
椎名恵 楽曲提供 他 
舞台、教育番組等の音楽制作

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